![メンデルスゾーン&ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 [ 椿三重奏団 ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0614/4562264260614.jpg?_ex=128x128)
メンデルスゾーン&ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 [ 椿三重奏団 ]
一昨年あたりからクラシックの室内楽にハマっている。きっかけはラフマニノフのチェロ・ソナタだったが、昨年暮れから弦楽四重奏に焦点が移った。ある人からハーゲン・カルテットによるベートーヴェン後期作品群の録音を聴かされたのである。
加えてロンドンの King's Place のコンサート案内でアタッカ・カルテットというのにでくわした。これがまた滅法面白い。勢いがついて、YouTube に山のようにあるライヴ動画を見まくり聴きまくるようになった。とりわけハマっているのはバルトークで、音だけでなく、見るのも愉しい。第4番など、人間の能力の限界に挑戦しようとしたのではないかと思える。
こうなるとピアノ・トリオが地元でやるというのを見逃せるはずがない。しかも新倉瞳さんがメンバーとなればなおさらだ。渡辺庸介さんとのデュオは見ているが、いわば本業も一度はちゃんと見てみたい。
今回は厚木市文化会館リニューアル記念という。文化会館は昨年からずいぶん長いこと閉めて改修していた。小ホールは久しぶりだけど、どこが変わったのか、よくわからない。改修したのは大ホールの天井耐震化、客席の一部への難聴者支援設備の導入、外壁のれんがタイル補強、などだそうだから、目に見えるところが新しくなったわけではないのだろう。
ステージ正面奥にピアノ、手前右にチェロ用の椅子と譜面台、左にヴァイオリン用譜面台がある。チェロの譜面台は iPad であろう。専用のスタンドで支えている。YouTube の演奏動画でも最近のはほとんど iPad だ。ところが、めくるのはどうするのか、不思議だった。紙の譜面のように指でめくったり、タップしている様子が見えない。と思っていたら、演奏前、スタッフが何やら黒い弓形の装置をもってきて譜面台の下に置いた。あれはフット・スイッチではないか。足で踏んで画面をめくると推測する。対してピアノは足もペダルで使うから、自分ではめくれない。そこで譜面めくりの人がつくわけだ。
プログラムは前半、3分前後の短かい曲や抜粋をならべ、後半はメンデルスゾーンの第1番全曲。後で検索すると、最近の椿のコンサートはどれも同じ曲目、構成。何だ、チーフテンズじゃないか、とちょっとがっかりしたのだが、現場で見聞きするかぎりは、そんなリピートの気配はまったく感じられなかった。チーフテンズのステージの一部に見えた「お仕事」感覚はカケラも無い。チーフテンズと違って MC は毎回違うらしい。オープナーのブラームスの〈ハンガリアン舞曲第6番〉を自分たちのCDに入れているかどうかをめぐって、ピアノの高橋氏が笑いの発作にとらえられたのは愉しかった。笑い上戸らしい。
一方、このプログラムはよく練られてもいる。あたしでも聴けばああ、あの曲とわかるし、中には〈ハンガリアン〉のように、メロディまで浮かんでくるものもある。そういう有名曲と、そこまで有名ではない曲、あるいは地味ながら佳曲をまぜあわせている。前半の後半はチャイコフスキー、ショスタコヴィッチ、シューベルト各々のピアノ・トリオの一部、1楽章をならべて、もっと聴きたい気にさせる。しかもだんだん長くなる。あたしはまんまとひっかかって、終演後、図書館に駆け込んで、この三つの各々全曲が入っているCDを借りだしたものだ。今ではわざわざCDを借りなくても、ネット上にストリーミングや動画が山ほどあるわけだが、CDに飛びついてしまうのは年寄りの癖だ。
オープナーは出てきていきなり演る。その昔、クラシック少年だった時はわからなかったのは当然だが、今聴くとこの曲はなるほどチャルダーシュまんまだ。ブラームスというと交響曲第1番のいかにもドイツ、それもハプスブルクよりはホーエンツォルレンの、謹厳実直、にこりともしないイメージだったのだが、こんなモロ・トラッド=伝統音楽をやっていたというのは、あたしにとっては新たな発見である。かれは実は相当なロマンチストだったのか。
1曲やってから MC でまずは自己紹介。そして各々のソロをやる。ヴァイオリン、チェロ、ピアノ。サン・サーンスの〈白鳥〉はまた定番、耳タコというやつだが、新倉さんの演奏は実に新鮮、みずみずしい。初めて人前で演奏した曲だそうで、以来無数の回数弾いているが、いつ弾いても他に二つとない演奏になるそうだ。キンクスのレイ・デイヴィスが最初のヒット曲〈You really got me〉はステージで無数に演奏しているが、何度やっても新鮮だと言っていたのに通じるだろう。
ピアノはショパン。ひばり、白鳥ときたが、鳥の曲で適当なのが見当らないので動物つながりで小犬。これも耳タコ。ただ、ワルツには全然聞えない。ちなみに3人とも暗譜で演る。
ここでピアノも一度引込んで舞台を作りなおす。ピアノの譜面めくりもここから入る。
チャイコフスキーのワルツはこちらは確かにワルツ。チャイコフスキーはワルツが大好きだったらしい。あたしからすると、ヨハン・シュトラウスはむしろ行進曲の人で、ワルツといわれると浮かんでくるのは〈花のワルツ〉。ディズニーの『ファンタジア』のこの曲のシーンは音楽の映像化として、未だにあれを超えるものはないんじゃないか。
ショスタコヴィッチも三拍子だがワルツじゃないよなあ。この曲には弦楽器のボウイングにも指定があるそうだ。普通音の出しはじめは、弓を上から下、左から右へ引っぱって音を出すが、指定は逆の動き。演奏者から見てまずぎゅっと押す形で音を出す。確かに音の出方は違う。引っぱると音の始まりは明瞭だが、押すとふわっと出てくる。ショスタコヴィッチは試してみたのだろう。だが、これを思いつくきっかけは何だったのか。
前半クローザーのシューベルトの第2番は椿としては初演の由。新倉さんの発案だそうだ。中学でクラシックに熱中した頃はリートは全然わからず、面白くなかったので、シューベルトはほとんどすっ飛ばしていた。今回聴いてみると、やはりなかなか面白い。とにかくドラマティックでわかりやすい。ロマン派だなあ。他の室内楽曲も聴いてみようじゃないかという気になる。
後半のメンデルスゾーン。こうして生で聴いてみると、室内楽は作曲家の本質が現れるように思える。メンデルスゾーンは作曲家としてはどうも二番手、アーサー・C・クラークの言う「超一流の二流」とはこういうものか。本人の作品よりバッハ再評価の方が大事なんじゃないかと思えたりもする。まあ、あたしには合わなかったということだろう。
とはいえ、このピアノ三重奏曲はなかなかに面白い。第2楽章3回目のリピートでチェロがやるピチカートや第4楽章のロシア風のメロディは印象に残る。会場で買った椿のファーストにも入っているから、後でじっくり聴きなおしてみましょう。
アンコールは〈You raise me up〉とオープナーの〈ハンガリアン〉をもう一度やる。歌のない〈You raise me up〉は新鮮。1時間半くらいだろうと思っていたら、休憩いれて2時間たっぷり。いや堪能しました。
席は新倉さんからは反対側だが正面になって、譜面台を置いている曲でもところどころ目をつむって気持ちよさそうに弾いている姿がよく見えた。ヴァイオリンの響きが普通と違ってどこか華やかなのだが派手ではない。品の良さが感じられた。あれがストラディヴァリウスの音であろうか。ピアノはスタインウェイ。開演前、初老の男性が調律していた。休憩でもチェックを入れている。
母が亡くなってから初めてのライヴ。むろんチケットは昨年のうちに買っていた。往きはとぼとぼ会場に向っていたのが、帰りは図書館へさっさか歩いていった。音楽の力は偉大だ。ありがたや、ありがたや。
この翌日、母の最後の診療費の支払いに行った病院のロビーのディスプレイに、音楽が認知症を防ぐという話が映しだされていた。母は最後の瞬間まで全くボケなかった。積極的に音楽を聴いていた姿は記憶にないが、音楽に対する感性を備えていたのは間違いない。あたしの血縁者では母だけだ。その昔、社会人のあたしがまだ家にいた頃、Sammy Walker のワーナーのファーストをかけていたら、そのオープナー〈Brown Eyed Georgia Darlin'〉に合わせてあたしの部屋の入口で体を揺らしていたのは忘れられない。映画『タイタニック』で一番良かったのは、三等船室のダンス・パーティーとも言っていた。あたしの音楽好きは母からの贈り物と思っている。椿のコンサートが葬儀の2日後というめぐりあわせになったのは、ひょっとして母のはからいであったのかもしれない。(ゆ)