セカンド・アルバム《赤い月》レコ発、伊福部昭没後二十年、二十五絃箏製作三十五周年、といろいろ名目を負っている。後半は伊福部作品三連発で1時間超。オープナー、自作の〈Careless grace〉を除いてすべて二十五絃による演奏。そしてアンコールに〈カッチーニのアヴェ・マリア〉を自ら唄って(ソプラノのなかなか良い声)、《赤い月》収録曲を全曲演奏と、三つの名目をすべてきっちり満たしたプログラム。A4判12頁、表一と表四はフル・カラーの立派なプログラムが配られる。会場のパルテノン多摩大ホールは客席数1,154もさることながらステージがたっぷりで、フルオケが二つくらい余裕で入りそうだ。客席は後ろに行くほど傾斜がつき、しかも左右にずらして配置してある。ステージまでの見通しが良く、どこに座ってもいいと思える。先日ブルーノートで見たマリア・シュナイダー・オーケストラもこういうところで見るとまた格別だろう(大宮はそういう会場だったらしい)。
この広大なステージの前の方中央に箏の台。左端少し奥にピアノが壁に寄せてある。後半、箏の左に移動した。箏が面白いのは広いステージの中にあっても小さく見えない。実際長さは2メートルを超えるはずで、小さな楽器ではない。当然幅もあり、これを奏者から見て向こう側へ傾斜させて台の上に置く。少なくともそう見える。実は水平で、表面の傾斜からそう見えるのかもしれないが。外側の、低音弦をはじくときは椅子から体を浮かせ、手を伸ばしていたから、やはり傾斜はついているのだろう。
十七弦はベースで高域はないが、二十五絃の上の方は普通の箏と同じのようだ。一台でより多様な表現が可能になる。先日 Winds Cafe で見た彼女が言っていたことによれば、二十五絃用には良い曲がたくさん書かれているらしい。今回の伊福部作品も〈琵琶行〉が二十五絃と〈交響的エグログ〉が二十絃のための曲で、〈プロメテの火より〉は石丸基司が二十五絃とピアノのために編曲している。前半の〈月舟〉も石丸作品で、二十五絃のためのものとある。
個人的に最も感銘を受けたのは前半クローザーのバッハの〈シャコンヌ〉だった。箏でしか出せないヘンな音がたまらない。微分音とも違う。左手で弦を押さえて音を連続して変えるのを、弾くと同時に、あるいはその直前からやるように聞こえる。あるべきと思える音から外れた音が鳴る度に胸がキュンとなる。あるいは右手の主旋律に、左手が低音で応答する、その速度も、こういう楽器、つまり多弦のハープの類でしかできまい。この曲を聴けたたげでも来た甲斐があった。
これに比べると後半の伊福部作品の面白さはぐっと地味になる。こういう曲を初めて聴いて楽しめ、というのはいささか無理がある。また聴きたいと思ったのが収穫。例の〈ゴジラのテーマ〉を思わせるキャッチーなフレーズがあちこちに出る。
音楽とは別に面白かったのは小林氏の佇いだ。上は片方の肩を出したぴったりした服で、下はかなりゆったりしたパンタロンという出で立ち。裾は長く、靴は見えないが、どうも底が厚いか、かなりのハイヒールのようだ。それでステージの下手から楽器のところまで大股に歩いてゆく様にはやる気があまり感じられない。背は少し前屈み気味、嫌々ながらやらざるをえないことをやろうとしているとか、ルーティン・ワークをこなそうとしているとか見えるような雰囲気すら漂う。
箏を前にして椅子に座り、弦を撫でていたかと思うと前触れもなく始める。ほんの一瞬位相が転換する間も見えないうちに曲が始まる。その途端、どこかだらしなく感じられた気分は拭い去られて、楽器と一体になった演奏が空間を満たす。曲が短いこともあるか、前半はすべて暗譜だった。バッハはメロディや構造は単純かもしれないが、箏の操作は相当に複雑に見えた。絃をはじきながらコマを細かく動かしてもゆく。弾き終わるとまた何ともゆるい感じで下がる。この対比は、後半でピアニストが加わるとさらに鮮明になった。ピアノの川上氏はピアニストらしく背筋がピンとしている。
演奏からして木村氏が名手、達人の一人であることはまぎれもないが、楽器から離れると全然そうは見えない。別に名人らしくしていろと言うつもりはない。ただ、演奏中と演奏していないときでこれほど雰囲気に落差のある人は初めて見た気がする。
ピアノと共演するため、後半は箏にPAを通していた。音は良く、ほぼ生音に聞こえた。箏とピアノという組合せも初めての気がする。今回ピアノはサポート役を振られていたが、対等にからみ合う演奏も聴いてみたい。箏はますます面白い。(ゆ)
1 Careless Grace(飾らない気品){木村麻耶}
2 トンコリ変奏曲 {Arturo Salinas} 初演
3 月舟 {石丸基司}
4 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ第2番からシャコンヌ
{J. S. Bach, Karl Scheit 編曲, 木村麻耶 編曲補}
5 二十五絃箏曲 琵琶行 {伊福部昭}
6 舞踏曲 プロメテの火より 二十五絃箏とピアノのための {伊福部昭, 石丸基司 編曲}
7 二十絃箏とオーケストラのための交響的エグログ ピアノ・リダクション版
{伊福部昭, 石丸基司 編曲}
8 カッチーニのアヴェ・マリア
8 カッチーニのアヴェ・マリア
木村麻耶: 箏, 二十五絃箏, vocal
川上敦子: piano [6 7]
