クインテット、コンチェルト

 大田智美氏のアコーディオン、野村誠氏のピアノによる、野村氏作曲の〈アコーディオン協奏曲〉を聴きながら、ふと音楽家にとって Winds Cafe というのは何なのだろう、という思いが浮かんできた。これはコンサートなのか。発表会なのか、あるいは私的な、プライヴェートな場での演奏なのか。

 下世話なところから言えば、投げ銭による収入はヘタなコンサートよりも多いだろうと思われる。Winds Cafe に出られるのは大いにメリットがあるだろう。選曲面でいえば、かなり自由だ。川村さんからお題が出ることもあるが、今回のように、ある作曲家の特定の楽器のための曲を全部演奏することは、通常のコンサートではまず考えられないだろう。しかもその楽器がアコーディオンだ。クラシックの世界では相当にマイナーな存在だ。なにせ、その高等教育のコースがある大学は世界で唯一ドイツにあるのみというくらいだ。

 今回のタイトルは「クインテットとコンチェルト」で、五重奏はともかく、協奏曲はどうするのだろうと心配にもなった。会場は室内オケでも演奏者だけで一杯になる。実際には作曲家自身がオケ・パートをピアノに編曲して演奏した。弦楽カルテット版もあって、当初はそれによる演奏も検討されていたらしい。

 この協奏曲は大田氏が例のドイツの大学のアコーディオン・コースの中のソリスト養成コース卒業試験のために、野村氏に依嘱したものだそうだ。あたしから見るとずいぶん贅沢な話に聞えるが、あるいは卒業試験用に作曲家に曲を書いてくれと頼むのはそう珍しいことではないのだろうか。

 演奏のためのリハーサルに野村氏もたち合った。その際指揮者との打合せにピアノ用に編曲したものを自分で弾いた。それは打合せ用で全曲をきっちりと編曲したものではない。ただ、そのことを聞いた川村さんが、オケの代役として野村氏のピアノを提案したのは川村さんなりの計算があったのだろう。つまり弦楽カルテットによるものよりも、野村氏自身のピアノ1本にする方が面白いものになるのではないかと考えたのだ。

 野村氏がそれを受けたのは、一つには川村さんの意向とあれば無視できなかったためもあるだろうが、それに加えて、自分でもその方が面白そうだと感じたからでもあるはずだ。そのために、他の大きな仕事との並行になって、直前まで編曲しては弾いてみて、難しすぎるとまたやり直して練習するという大変な思いをすることになった。御本人の日記によれば、前日まで弾けなかったのが、当日は指が動いた、ともある。音楽は玄妙なものだとつくづく思う。

 結果として川村さんの直観は見事にはまり、まことに見事な演奏をあたしらは味わわせてもらうことになった。

 この曲は卒業試験の初演、国内での弦楽カルテットによる演奏に続いて3回目の演奏の由。あたしはアコーディオンの協奏曲を聴くのも初めてだが、オケで聴くよりこの形で聴けて幸いだった。いわばアコーディオン・ソナタになっていたからだ。アコーディオンもよりよく聞えるし、曲の根幹がより明瞭になる。ダイナミズムやスケールの大きさはわかりにくいかもしれないが、本質にはアクセスしやすくなる。そしてそれが実に良い曲なのだ。

 野村氏の曲はわかりやすい。というより、より自然な姿勢で聴ける。現代曲によくある、聴くのにこちらのスイッチをいつもとはかけ離れたところに入れる必要がない。ピアニカのバスキングから出発したという野村氏のキャリアによるのかもしれない。協奏曲も、後のクインテットも聴いて愉しい。前者の祈りも後者の励ましも直接響いてくる。一方、どちらもかなり複雑な曲でもあって、一度聴いただけで呑みこめるようなものでもない。つまりくり返し聴くに値する。大田氏と野村氏にはぜひ録音を出していただきたい。できればピアノ版とフルオケ・ヴァージョンをカップリングで。

 協奏曲の演奏前にこの曲誕生と初演の事情を大田氏が説明した。

 ソリスト・コース卒業試験は二段構えで、2時間のリサイタルを行うのが一次。これに受かっての二次が協奏曲演奏で、野村作品はこのためのものだった。一次に受からないと再試験などはなく、そこでさようならである。作曲を依嘱したのは一次試験の前の話。さらに二次のための協奏曲は2曲の候補を提出し、大学側からどちらにするか指示がある。つまり野村作品はそのための依嘱だったにもかかわらず、演奏される確率は4分の1だった。大田氏は無事一次を通り、この曲を演奏して二次も通ってソリスト資格を認定されたわけだが、この事情は野村氏も知らず、今回初めて明かされた。作曲者としては非常な驚きだったわけだが、その影響が後の演奏にもあったとしても、実にポジティヴなものであったにちがいない。

 25分の熱演の後、休憩をはさんで、後半はクインテット。メンバーのうち、水谷氏は高校生、高橋氏は中3。年齡の違う人たちが一緒に演奏する姿は見る者を励ます。水谷氏は、この「野村誠のアコーディオン、全部やります」の第1回、 2021年11月の Winds Cafe 299 で3人の演奏者の1人としてデビューしたのを目撃している。当時小学生ながら、そんなことは微塵も感じさせない堂々たる演奏に仰天したことを覚えている。この時のことはブログに書いた。Vol. 2 は何かの理由で見逃している。やむをえぬ事情があったはずだが、こうなると見逃したことが悔まれる。

 これで一応野村誠のアコーディオン全部やりますはめでたく完結となった、はずだが、終演後大田氏が実はまだあるんですと言いだした。共作や新作があるというのだ。

 音楽家にとって Winds Cafe は何度でもやりたい場なのではないか、とここで先ほど浮かんだ思いが戻ってきた。ひょっとするとクラシック演奏者、特に若い人たちにとって Winds Cafe に出られることは一種の憧れの的になっているのではないか。これまでの経験からして、こういう直感はえてして半ばかそれ以上当っている。

 そう感じる理由の一つはここで聴かれる演奏が、どなたも実に活き活きしているからでもある。心底やりたい音楽を、とことん演れることが愉しくてたまらないのだろう。ジャンルにかかわらず、演奏者が心から愉しんでやっているかどうか、聴く方はわかるものだ。そして聴く方もまた愉しくなる。最高の演奏、音楽が生まれるのはそういう時だ。Winds Cafe ではそれが起きる確率が極めて高い。人間のやることにパーフェクトは無いから絶対そうなるとは言わないが、限りなく百パーセントに近い。毎回、奏者も演目もリスナーも違うところも影響しているかもしれない。気候がどうだなどと言っていられない。Winds Cafe には通わなくてはならない。(ゆ)

野村誠作曲「アコーディオン協奏曲」(2008/2025)
松原智美: accordeon
野村誠: piano

野村誠作曲 アコーディオン5重奏「おっぺけぺーの種を撒け」(2014)
大田智美: accordeon
松原智美: accordeon
水谷風太: accordeon
坂口拓: accordeon
高橋芽生: accordeon