アジア地域の人間は北米、ヨーロッパ・エリアから見るとスカキンが好きだという説はおもしろい。
(左のフレームで最下端にある「日記」>2007/10/16の項
「スカキン」については例えばこちら(「ザ・ステレオ屋用語集・番外編2」)。
中国人は世界で一番高音が好きな人種、という説にも通じるかもしれない。
オーディオだけならまだしもだが、当然ながらこういう音の好みは音楽自体にも通じるわけで、ケルト系の音をわれわれが好むところにも通じている可能性がある。アイリッシュ・チューンなど、一般に音が高い方が好まれる。
イルン・パイプには2種類のピッチがあるが、プロ連中が使うのは高い方の、その名もコンサート・ピッチ。リアム・オ・フリンもパディ・キーナンもこちらだ。低い方のフラット・ピッチはいわゆる「通」が好むが、歴史的にもこちらの方が古いらしい。つまり、元々は低かったものが、時代が下るにしたがい、高くなってきたようだ。リアム・オ・フリンがコンサート・ピッチではなく、フラット・ピッチを使っていたなら、プランクシティがあれほどリスナーの心を掴んだかどうか。
あるいは、プロの連中は、故意にキーを高くして演奏することがあるとも聞いた。ひとつにはキーの高い演奏にはより高度な技術が必要なので模倣されにくい、というのだが、演奏のできないぼくには真偽のほどはわからぬ。
となると気になるのは、中国人とともに世界で一番高音の好きな人種と言われるブルターニュの人びとの音楽は、アジアでは好まれないのか。それとも、あれは日本人には高すぎて、いずれ中国人が「発見」すれば、大陸でブレイクするのだろうか。
もっとも、ブルターニュについては、音の高低よりも、楽器の性格もあるかもしれない。ボンバルドの音の「貫通力」は、おそらく世界一だろう。小型バグパイプのビニュウはもっと音が高い。ああいう音を聞くには、聴く方にも体力が要る。ボンバルド・オーケストラであるバガドの演奏を聴くのは、聴覚だけではない、感覚のエアロビクスをしている感じだ。
そしてつまりはケルト系の音楽は、ヨーロッパの音楽としてはやはり「異端」、ということばが強すぎれば、主流からははずれたところで鳴っていることになる。そして、深いところでアジアとつながっていることもあり得ないことではなくなる。(ゆ)
(左のフレームで最下端にある「日記」>2007/10/16の項
「スカキン」については例えばこちら(「ザ・ステレオ屋用語集・番外編2」)。
中国人は世界で一番高音が好きな人種、という説にも通じるかもしれない。
オーディオだけならまだしもだが、当然ながらこういう音の好みは音楽自体にも通じるわけで、ケルト系の音をわれわれが好むところにも通じている可能性がある。アイリッシュ・チューンなど、一般に音が高い方が好まれる。
イルン・パイプには2種類のピッチがあるが、プロ連中が使うのは高い方の、その名もコンサート・ピッチ。リアム・オ・フリンもパディ・キーナンもこちらだ。低い方のフラット・ピッチはいわゆる「通」が好むが、歴史的にもこちらの方が古いらしい。つまり、元々は低かったものが、時代が下るにしたがい、高くなってきたようだ。リアム・オ・フリンがコンサート・ピッチではなく、フラット・ピッチを使っていたなら、プランクシティがあれほどリスナーの心を掴んだかどうか。
あるいは、プロの連中は、故意にキーを高くして演奏することがあるとも聞いた。ひとつにはキーの高い演奏にはより高度な技術が必要なので模倣されにくい、というのだが、演奏のできないぼくには真偽のほどはわからぬ。
となると気になるのは、中国人とともに世界で一番高音の好きな人種と言われるブルターニュの人びとの音楽は、アジアでは好まれないのか。それとも、あれは日本人には高すぎて、いずれ中国人が「発見」すれば、大陸でブレイクするのだろうか。
もっとも、ブルターニュについては、音の高低よりも、楽器の性格もあるかもしれない。ボンバルドの音の「貫通力」は、おそらく世界一だろう。小型バグパイプのビニュウはもっと音が高い。ああいう音を聞くには、聴く方にも体力が要る。ボンバルド・オーケストラであるバガドの演奏を聴くのは、聴覚だけではない、感覚のエアロビクスをしている感じだ。
そしてつまりはケルト系の音楽は、ヨーロッパの音楽としてはやはり「異端」、ということばが強すぎれば、主流からははずれたところで鳴っていることになる。そして、深いところでアジアとつながっていることもあり得ないことではなくなる。(ゆ)
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