良いだろうと予想はしていたのだが、良し悪しを云々できるうちは
まだほんとうに良いとは言えない。
いきなり、わし掴みにされた。
そして "Going on, going on" というコーラスに入ったとたん。
陶酔
という表現があらわすものはこういうことだったのだ。
酒に酔うなどは陶酔とはいわない。
「感動!」とか「泣ける」とか、そんなものでもない。
ほのかに悖徳の香りもする。
ここから先へは行ってはいけない。
とはいえ身動きもならない。
いまこの瞬間、地震がきたら、なすすべもなく死ぬだろう。
それもまたよし。
呵呵。
この声に陶酔しながらであれば、
地獄の底まで、
あるいは宇宙の果てまで、
運びさられようと
悔いはない。
ということすらも雑念になる。
その時にはそんなことはなにも考えていない。
陶酔とは空白だ。
中身のぎっしりつまった空白だ。
鬼束ちひろの新作《LAS VEGAS》の掉尾を飾る
〈everyhome〉を EarPhone M で聞く。
すぐ眼の前でかるくうたっている声にまず息を呑む。
日本語の美しさをひきたたせる声だ。
シュールレアリスムにまで踏み込もうとすることばの美しさ。
そして件のコーラスにかかったとたん。
スピーカーで聞くと、
ここで少し奥へひくように聞こえる。
EarPhone M で聞くとそうではない。
高くなった声がなめらかに密度を増し、
もう少しでなまめかしいといえる艶を帯びる。
その声だ。
陶酔してしまうのは。
してしまうのか。
させられるのか。
共鳴か。
身も心も弛緩している。
指一本動かない。
顔がほうけているのも、なぜかわかる。
ピアノは徐々にはげしく、
全宇宙を満たそうと嵐を起こす。
日本語はますます美しく、
声はますます純粋になる。
欲望もなく、
希望もなく、
するとこれが涅槃なのか。
しかし、やがてうたは終わり、
音が消える。
ふたたび時がながれはじめ、
胸は呼吸することを思い出し、
脳は各感覚器官からはいってくる情報を処理しはじめる。
涅槃からは覚めることはあるまい。
悟りは一方通行なのだから。
煩悩の世界に帰って、
安堵する。
まだ、おれは生きている。(ゆ)

コメント