この日のピット・インには、和太鼓の金子竜太郎氏が来ていて、ドーナルと再開を喜んでいた。ドーナルが後にクールフィンとなるバンドを率いて初めて来日した時、佐渡の鼓童のメンバーとして共演していた。あの時、まさかこういう日が来ようとはまったく夢想だにしなかった。金子氏は今日27日梅津さんと山下洋輔氏とのトリオでやる予定で、その下見を兼ねていたらしい。いずれ二人でやるのはどうだと水を向けると、二人ともまんざらでもない顔をした。梅津さんもステージで言っていたが、これをきっかけに、ドーナルにはどんどん国内のミュージシャンたちとやってほしい。

 もちろん、梅津さんとのコラボレーションももっとどんどん深めてほしいし、また深まっていくだろう。ダンス・チューンをあざやかに吹きこなす梅津さんを見ていると、アイリッシュ・ミュージックはまたひとつ、新たな強力な語り手を獲得した。クールフィンに足りなかったのはこの音なのだ、とすら思える。

 前回ピット・インに来たのは、フランク・ロンドンがモラ・シラと一緒に来たときで、記録を繰ったらなんともう8年半前の1999年10月。これも梅津さんがらみ。他は植村昌弘、関島岳郎、近藤達郎という最強のメンバー。あの時も、メンバー全員が顔を合わせたのはその日の朝と言っていた。

 ロンドンとドーナルではやっていることも目指すところも違うが、資質はよく似ている。遊び方を知っていて、みんなを遊ばせるのがうまい。ロンドンもリードもとれるが、どちらかというと他をのせてゆく。今回のドーナルはいつもと違って、むしろ自分がリードをとることでみんなを引っぱっていった。かれのブズーキの音があんなにはっきりとステージで聞こえたのは初めてだ。アンディ・アーヴァインの十八番のブルガリアン・チューンを弾きまくったり、うたもどんどんうたう。だいたいドーナルがステージの中央にいること自体、珍しい。

 ドーナルを前面に出そうという梅津さんの配慮と、梅津さんたちを自分の土俵に引きずりこもうとするドーナルの仕掛けの相乗効果ではあるが、それが本人たちの予想どおりに期待を越えてうまくいっていた。太田惠資さんや沢田穣治氏はさすがにとまどっていたが、そのとまどい自体がまた面白い。初めてのデートのような初々しさ、というと大の男どもにはふさわしくないかもしれないが、ならばまるで勝手がちがう遊びの、たえて覚えのないおもしろさを発見してゆく少年たちの真剣勝負のスリル。

 この遊びをささえていたのはジョー・トランプのドラムス。本拠のポートランドにはケヴィン・バークはじめ、アイリッシュのミュージシャンも多く、トランプ本人もアイリッシュ・バンドをやってるそうだが、そのバンドは聞きたい。アイリッシュ・ミュージックでこんなしなやかなドラムスを聞いたのは初めてだ。レイ・フィンに匹敵するか、ひょっとすると凌ぐかもしれない。中でもアンコール前のスリップ・ジグはハイライト。ぜひぜひこの面子で録音してくれ。

 この日の試みは、ドーナルにとっても、この国の音楽家たちにとっても、後からふりかえって、あれがすべての始まりだったと思い返すことになるかもしれない。