来日中のブルターニュのフィリップ・オリヴィエの東京での唯一のライヴが、下北沢「ぐ」であるというので行ってみる。フィリップは来てすぐ関西に行ってしまったので、年明けに会うことにしていたが、ライヴがあるなら、その方がただ会って話をするよりはるかに良い。おまけに共演がナギィとくればなおさら。

 「ぐ」は名前はもちろん前から知っていたが、入るのは初めて。つい先日オーナーが亡くなられたそうで、遺影が店内に飾られていた。最後にアンコール代わりに、岡大介さんがヴォーカルをとって〈東京〉をうたい、故人に捧げていた。故人のお気に入りだったそうだが、たしかに名曲といっていい。岡さんは先日見たナギィのライヴでもうたっていて、この方面にはうといぼくにはハシケンに続くシンガーが現われた想い。ちゃんとしたライヴも見たい。

 構成はまず「蛇腹姉妹」、ナギィときて休憩が入り、フィリップ、最後に全員でブルターニュのトラッドをやる。

 蛇腹姉妹はナギィのメンバーでもある藤野由佳さんとキキオンのアコーディオン担当佐々木絵実さんのデュオ。佐々木さんの楽器は大型の、ドイツ語圏でよく使われるようなタイプで、ダブル・リードらしく、音が重なる。ひょっとすると三台の楽器が鳴っているようで、重層的な響きが快い。曲は凝ったつくりのオリジナルでおもしろい。最後にトシさんがバゥロンで加わり、ブルガリアとルーマニアのダンス・チューン。アナウンスを聞いて、失礼ながら大丈夫かと一瞬不安がよぎったのだが、杞憂であった。

 正直、藤野さんのアコーディオンはこれまであまり評価できなかったのだが、この日は見直した。ナギィでもアイリッシュのノリが出るようになっていて、前回のライヴからでも精進の痕は歴然。するとオリジナルの曲の味わいも深くなる。当然全体の音楽の質も一段上がって、このままライヴ録音してもOKではないかと思われた。あらためて、これはかなりおもしろいバンドだし、これからもっとおもしろくなるだろう。フィドルの大渕さんをフィリップが食いいるように見つめていた。

 フィリップはまずバンドネオンのソロ。曲はオリジナルで、やはりおもしろい。伝統色はほとんどなくて、むしろ現代音楽に近い。3曲ほどやってヴァイオリンが加わる。ぼくは初めてだったので、もう仰天してしまった。クラシックの基礎があるのは明かだが、とてもそんなおとなしいものではない。フィリップが作る音を土台にもうすっ飛びまくる。楽譜は見ていたが、アドリブも相当入っているし、それがまた切れまくる。これは、ハウホイのハラールやフィドラーズ・ビドのクリス・スタウト級ではないか。こんな人がわが国にもいたのか。後で聞くと、この人は喜多直毅さん。鬼怒無月さんの Salle Gabeau のメンバーだそうだ。今年春にフィリップがビューゲル・コーアルとして来たとき、そのライヴを喜多氏が見て誘い、喜多氏のライヴにフィリップがゲストで出た、その返礼だったそうだ。演奏する喜多氏を見ているフィリップが、何ともいえず嬉しそうな顔をしていた。うーん、これは Salle Gabeau も一度見なければ。

 仕上げにブルターニュの伝統ダンス・チューンを、フィリップを先頭に全員で合奏。これがなかなか良かった。フィリップは藤野さんの持ってきたメロディオンを使い、蛇腹3台、フィドル2本で、うまくはまって音が共鳴する。テンポがちょうどよいのか、聞いているとトランス状態に入りかける。ブルターニュのダンス・チューンは「ケルティック・トランス」か。

 おかげで最高のライヴ納めができた。ありがたや、ありがたや。よく晴れて、寒夜に星ぼしが鮮やかだった。(ゆ)