In Search Of The Craic: One Man's Pub Crawl Through Irish MusicColin Irwin
Andre Deutsch
2003初版
256pp.
ピーター・バラカンさんの「出前ジュークボックス」に際して、リスナーから質問をいただいていました。
アイルランドで伝統音楽、トラディショナル・ミュージックは一般にどう受けとめられているのか。日本ではたとえば合コンなどの席で民謡をうたうことはまずないが、アイルランドではどうなのか。
正直、こういうご質問は答えるのが難しいです。なぜなら「一般的」状況というものは無いからです。アイルランドに合コンに相当するものがあるとして、そういう席で民謡、つまり伝統歌がうたわれるかは、ケイス・バイ・ケイスです。例えば集まる人びとがカトリックかプロテスタントかでも違ってきます。言えるとすれば、アイルランドではうたわれる可能性はある、ということでしょうか。
そういう見方をすれば、若者が親しむ音楽の選択肢のなかに伝統音楽が入る可能性があるのは、日本ではかなり限定的な地域ないし環境になるでしょう。それに対して、アイルランドでは同様の選択肢のなかに伝統音楽が入るのは当然ですし、今では少し前、というのは20年ほど前までに比べると、伝統音楽は選択肢のなかでも存在感を増している、とは言えると思います。
アイルランドで最も人気のある音楽ジャンルはやはりアメリカ流のポップスやロックであることは、世界中の他の地域と変わりません。この面で特徴的なのはカントリーの人気が高く、「カントリー&ウエスタン」ならぬ「カントリー&アイリッシュ」と呼ばれてひとつのジャンルになっていることでしょう。また、クラシックももちろん盛んです。それに、伝統音楽など大嫌いという人も、昔よりは減ったでしょうが、いないわけではありません。
上記のご質問にたいしては、こういう間接的な答えしかできないのですが、ひとつ、ご参考になりそうな話が、標題の書物に載っています。
Colin Irwin はイングランド人のベテラン音楽ジャーナリストで、フォーク、ルーツ方面を主にカヴァーして各種メディアで活躍しています。この本は、かれが夫人とともに車でアイルランドを一周した旅行記です。
"Craic" というのは元はアイルランド語で、音楽とおしゃべりと語りと、そして人によっては酒を伴う楽しい集まりを意味します。必ずしも大勢集まらなくてもいい。 『聴いて学ぶ アイルランド音楽 』にも出てくるエディ・バチャー、ジョー・ホームズ、レン・グレアムたちのように、3、4人の集まりでも「クラック」です。
この場合の音楽は基本的に伝統音楽というのが暗黙の共通了解事項です。他の音楽が排除されているわけではありません。ただ、娯楽としての「クラック」は伝統音楽と深く結びついています。「クラック」に集まる人びとがその場で聴きたいと期待している音楽は U2 のものではなく、アルタンの類です。
さてアーウィン夫妻はフェリーでアイルランド南東部ウェクスフォードに上陸します。着いた時には夜も更けていました。何はともあれまず一杯、というのでパブを探しに出かけます。が、なかなか見つかりません。諦めかけた時、一軒のパブが眼に止まります。そこは若いバーテンがひとりでやっていました。壁には一面競馬馬の写真。
話しているうちにアーウィンはやはり音楽、それもかれとしては当然のことながら、伝統音楽に触れずにはいられません。するとこのパブは2001年の "Singing Pub Award" を受賞していた、と判明します。ウェクスフォードにある50軒ほどのパブが毎年競っている由。
するとここは音楽パブなのかい、という著者の問いにバーテンは、そうじゃない、「うたえるパブ」だ、と答えます。
ちなみにアイルランドでも、どこのパブでも伝統音楽が聴かれるわけではありません。むしろそれは少数派です。
音楽パブとうたえるパブはどう違うのか。うちはうたの会を開いたりしてるわけじゃない、とバーテンは答えます。うたのパブだと宣伝しているわけでもない。ただ、来る客にうたうのが好きな連中がいて、時々集ってはうたいあったりしてるだけだ。だから、うたは何でもありだ。オペラでも、ヒット曲でも、バラッドでも、なんでもある。
「じゃ、お客さんはなにがお望みなんだい」
ああ、いや、なんでもいいんだ、うたでもトラディショナル・ミュージックでも……。
バーテンの頭の上にライトがパッとついた。
「あっはあ、わかったよ、お客さんは例のアイリッシュ・クラックがお望みなんだね」
まあ、そうだ。
バーテンはにやにやしだした。かぶりを振って言った。
「そんなものは無いよ」
無いって?
「無い無い。クラックってものを味わってみたいんだがって、しょっちゅうきかれるんだがね。ありゃ、観光客用の客寄せさ。ホンモノじゃあないんだよ。シーズンが終わったら、もうどこにいってもお目にかかれないよ。クラックなんてものは存在しないのさ」
この会話をマクラにしてアーウィン夫妻は旅を始めるわけですが、島を一周して最後にまたウェクスフォードの街へともどってきます。そして明日は早朝イングランド行きのフェリーに乘るという晩、ふたたび同じパブへとたどりつきます。ああ、いや、なんでもいいんだ、うたでもトラディショナル・ミュージックでも……。
バーテンの頭の上にライトがパッとついた。
「あっはあ、わかったよ、お客さんは例のアイリッシュ・クラックがお望みなんだね」
まあ、そうだ。
バーテンはにやにやしだした。かぶりを振って言った。
「そんなものは無いよ」
無いって?
「無い無い。クラックってものを味わってみたいんだがって、しょっちゅうきかれるんだがね。ありゃ、観光客用の客寄せさ。ホンモノじゃあないんだよ。シーズンが終わったら、もうどこにいってもお目にかかれないよ。クラックなんてものは存在しないのさ」
「ぼくらを覚えているかね」
ぼくは愛想よく話しかけた。
「もちろん」
バーテンは自動的に答えた。ぼくらはバーテンに乾杯し、競馬とアイルランドと音楽についておしゃべりした。ぼくは言ってみた、ぼくらは伝統音楽をもとめてアイルランドじゅうのパブをたずねまわってきたんだ、覚えてないか。バーテンの頭の上にライトが点いた。
「なるほど、クラックをおっかけてたお客さんか」
「その通り」
「クラックなんてないだろ。クラックなんてものはただの観光客向けなんだよ。いや、まったく、クラックなんて、ありゃしなかっただろ」
ジム・オゥ・ザ・ミルとかれの農場の家にひしめいていた人びとのことが思い浮かんだ。ティパラリにやってきた異邦人を迎えて、うたとチューンと物語で歓待してくれた。エニスのパディ・クィンのバーでフィドルを弾いているショボーン・ピープルズの姿が浮かんだ。まるで地獄の猟犬に追いかけられているようだった。トミ・ピープルズがマット・モロイと再会していた姿が浮かんだ。ウェストポートのマットのパブの奥で、すっかり昔にもどって、アイルランドの純朴な心と魂をそのフィドルに宿らせていた。
スライゴーに自分たちのバーを持つという夢を実現させようとしているダーヴィッシュのことが浮かんだ。そうすれば、毎週毎晩、友人たちと音楽をすることもできるようになる。ティーリンのアルタンのパブとグイドーアのレオ・ブレナンとかれのクラナド・テーマ・パブが浮かんだ。グレンダロッホのバーにぎゅう詰めになって演奏していたイルン・パイパーの大群が浮かんだ。ジョニ・ドゥランを記念して、日頃の想いのたけをぶちまけていた。そしてドゥリンとディングルとダンガヴァンとリングとホース&ジョッキーとクリフデンとカハリストランとゴルウェイとキンヴァラとケンメアとトラリーとキログリンとダブリンが思いだされた。
いったいぼくが飲んだギネスの量はどれくらいになっていただろう。いったいどれほど笑わせてもらっただろうか。そして、いったいどれほどの音楽を聴かせてもらっただろう。しこたまカネをまきあげられた一方で最高の友人たちがあらたにできた競馬がいったいいくつあっただろうか。
それでいて、この男は、クラックなんてものはないと言っている。クラックは観光客用の見世物だと。ホンモノではないのだと言うのだ。
ほれ、また言ってる。
「クラックなんてものはないんだよ、お客さん……」
「そうだね」ぼくは応えた。「そういうことにしておこうか……」
ぼくは愛想よく話しかけた。
「もちろん」
バーテンは自動的に答えた。ぼくらはバーテンに乾杯し、競馬とアイルランドと音楽についておしゃべりした。ぼくは言ってみた、ぼくらは伝統音楽をもとめてアイルランドじゅうのパブをたずねまわってきたんだ、覚えてないか。バーテンの頭の上にライトが点いた。
「なるほど、クラックをおっかけてたお客さんか」
「その通り」
「クラックなんてないだろ。クラックなんてものはただの観光客向けなんだよ。いや、まったく、クラックなんて、ありゃしなかっただろ」
ジム・オゥ・ザ・ミルとかれの農場の家にひしめいていた人びとのことが思い浮かんだ。ティパラリにやってきた異邦人を迎えて、うたとチューンと物語で歓待してくれた。エニスのパディ・クィンのバーでフィドルを弾いているショボーン・ピープルズの姿が浮かんだ。まるで地獄の猟犬に追いかけられているようだった。トミ・ピープルズがマット・モロイと再会していた姿が浮かんだ。ウェストポートのマットのパブの奥で、すっかり昔にもどって、アイルランドの純朴な心と魂をそのフィドルに宿らせていた。
スライゴーに自分たちのバーを持つという夢を実現させようとしているダーヴィッシュのことが浮かんだ。そうすれば、毎週毎晩、友人たちと音楽をすることもできるようになる。ティーリンのアルタンのパブとグイドーアのレオ・ブレナンとかれのクラナド・テーマ・パブが浮かんだ。グレンダロッホのバーにぎゅう詰めになって演奏していたイルン・パイパーの大群が浮かんだ。ジョニ・ドゥランを記念して、日頃の想いのたけをぶちまけていた。そしてドゥリンとディングルとダンガヴァンとリングとホース&ジョッキーとクリフデンとカハリストランとゴルウェイとキンヴァラとケンメアとトラリーとキログリンとダブリンが思いだされた。
いったいぼくが飲んだギネスの量はどれくらいになっていただろう。いったいどれほど笑わせてもらっただろうか。そして、いったいどれほどの音楽を聴かせてもらっただろう。しこたまカネをまきあげられた一方で最高の友人たちがあらたにできた競馬がいったいいくつあっただろうか。
それでいて、この男は、クラックなんてものはないと言っている。クラックは観光客用の見世物だと。ホンモノではないのだと言うのだ。
ほれ、また言ってる。
「クラックなんてものはないんだよ、お客さん……」
「そうだね」ぼくは応えた。「そういうことにしておこうか……」

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