Oxford Dictionary of National Biography 今日の無料閲覧はこの人。ヘンリ八世の代官として勢威をふるった第9代キルデア伯ギャレド・オグ(ジェラルド)・フィツジェラルドの次女。「絹のトマス」の異母妹。英語でソネットを書いた最初の詩人といわれるサリー伯ヘンリ・ハワードから捧げられたソネットによって "Fair Geraldine" として名を残す。
母親はドーセット子爵トマス・グレイの娘すなわちイングランド王エドワード四世の后エリザベス・ウットヴィルの孫で、ヘンリ八世の従妹。絹のトマスの反乱によってフィツジェラルド家が取り潰された後は、母とともに叔父のレナード・グレイのもとに身を寄せる。1530年代にははとこにあたるエリザベスとメアリの家に入り、1539年にエリザベス付きとなる。このエリザベスはむろん後の女王。
どちらかというと文学史上に名が残るこの女性は、チューダー朝歴代国王との個人的関係を武器に生家の再興をはかることに一生を捧げたようです。ヘンリ八世の廷臣中最も裕福といわれたアンソニ・ブラウンとの最初の結婚では、夫の先妻の娘と弟のジェラルドを結婚させて宮廷に入れ、ジェラルドはエドワード六世の寵を得て、アイルランドの領地を回復し、第11代キルデア伯となります。
第9代クリントン&セー男爵エドワード・ファインズ・ド・クリントン、後のリンカン伯爵との二度目の結婚の時には、キルデア伯をはじめとする弟妹たちに女王エリザベスに請願を出させ、血統の復活を認められています。
最初の夫との間に二人の息子をもうけますが、二人とも夭逝し、他に子どもは生みませんでした。
夫の遺言では執行人に指名されますが、この遺言をめぐっては先妻の子である跡継ぎ息子から、継母が父を篭絡して遺産を横取りし、また女王に告げ口をしていると訴えられました。
ちょうど、Jonathan Bardon の A History of Ireland in 250 Episodes で、キルデア伯と絹のトマスの反乱のところを読んだ直後だったので、これはまたグッド・タイミング。
おまけに、この本のグラビアにも同じこの肖像画が、こちらはカラーで載り、さらに表紙にも使われています。こいつはシンクロニシティですね。そこに付けられた説明では、服は黒いウールのガウンで、肩が大きくふくらんでいます。白いところは絹、その下に透けてみえるのは金糸。肖像画の描かれた時期はわかりませんが、結婚後ではありますね。
家を潰された時は幼児ですが、王家に引き取られたときには10歳そこそこ。反逆者の直近の親族でありながら、未来の女王たちの身近にいることを許されたのは、おそらく運だけではないはず。この画からもただ気の強いだけではない、どこか世の中をおもしろがっているようなけしきも漂ってきます。
1534年に始まる絹のトマスの反乱はアイルランド史の上では中世の終わりを画する事件とされていて、このあたり、チューダー朝成立からエリザベスの死までの時期はアイルランド史のなかでも劇的な展開が続きます。このレディ・エリザベスの叔父レナード・グレイも、ヘンリ八世に重用されて絹のトマスの反乱を鎮圧し、余勢を駆ってアイルランド各地に転戦してイングランド支配を強化しますが、あまりに派手にやりすぎてヘンリに嫉妬され、最後は処刑されます。
その間にも、ローマとの決別を迫る英国教会とアイルランド教会の争いがあったり、スペイン無敵艦隊の敗残兵がやってきたり。そうそう、メイヨーの女「海賊」グレース(グラニュール)オマリーが活躍するのもこの時代。「海賊」と呼んだのはダブリンのイングランド政庁で、実際は「海の領主」というべきでありましょう。
グレース・オマリーをめぐっては Shaun Davey が Rita Connoly をリード・シンガーにしてCD《GRANUAILE》を作っています。例によってなかなかの力作。そういえば、この人を題材にした映画だかテレビ・ドラマだかが計画されて、その音楽をルナサが担当するという話が数年前ありましたが、あれはどうなったのかな。
閑話休題。
この DNB はOxford English Dictionary、『ブリタニカ大百科』とならんで「イギリス、偉い」と言える文化事業で、紙版は現在全60巻で出ています。が、メインはオンラインでしょう。有料会員制で、年会費200GBPですから、円高になったとはいえ、個人ではおいそれと手が出る価格ではないですが、日本国内でも大学図書館とかで利用できるところはあるらしい。英国内だと、公共図書館を通じて利用できるシステムになってます。
ただし、メール・アドレスを登録すると毎日1項目、無料で読むことができるというサービスがあります。これが結構お得。誰の項目か選択はできませんし、一年かけても365人ですから、全体の 0.6% にしかなりませんが、長いものになると「エリザベス1世」のように邦訳すれば400字詰め原稿用紙換算約380枚という、単行本一冊分のテキストがタダで手に入るのは魅力です。
それに収録されているのはいわゆる有名人だけでなく、実に様々な人がいて、今日は誰だろうというのが楽しみになります。公開される人の9割はまったく未知の人ですから、これがまた楽しい。俳優、コメディアンもいれば裁判官や軍人もいるし、ジョン・キーツの恋人もいれば、活字製造者もいます。窃盗犯やスパイなんて人もいます。なかには「ブリタニア」のような象徴や『ロランの歌』の作者とされる「ソロルド(トゥロルダス)」のような、はなはだ曖昧な存在もあります。また、多少とも英国に関係がある人はとりあげるので、アイルランドやフランス、ドイツはもちろん、インドやアフリカをはじめ旧植民地の人びとも入っています。
各項目には肖像画やそれに類するものが付いてもいて、サイト上で見ることができます。
一生かけても全部読むなんてできませんが、一部でも邦訳して公開すれば、わが国の人びとにとっても益するところは結構大きいのではないかと思いますが、誰もやらないんでしょうかねえ。それとも需要がないかなあ。
ついでながら、American National Biography も別にあります。こちらは年間会費が 89USD。 無料のサービスは無いようです。
それにしても日本関係の人名辞典でこれというのがないのは、困ったものです。結局ウィキペディアが一番充実してることになるというのも、それはそれで結構なことではありますが、やはり記述の質のムラが大きすぎますなあ。(ゆ)
母親はドーセット子爵トマス・グレイの娘すなわちイングランド王エドワード四世の后エリザベス・ウットヴィルの孫で、ヘンリ八世の従妹。絹のトマスの反乱によってフィツジェラルド家が取り潰された後は、母とともに叔父のレナード・グレイのもとに身を寄せる。1530年代にははとこにあたるエリザベスとメアリの家に入り、1539年にエリザベス付きとなる。このエリザベスはむろん後の女王。
どちらかというと文学史上に名が残るこの女性は、チューダー朝歴代国王との個人的関係を武器に生家の再興をはかることに一生を捧げたようです。ヘンリ八世の廷臣中最も裕福といわれたアンソニ・ブラウンとの最初の結婚では、夫の先妻の娘と弟のジェラルドを結婚させて宮廷に入れ、ジェラルドはエドワード六世の寵を得て、アイルランドの領地を回復し、第11代キルデア伯となります。
第9代クリントン&セー男爵エドワード・ファインズ・ド・クリントン、後のリンカン伯爵との二度目の結婚の時には、キルデア伯をはじめとする弟妹たちに女王エリザベスに請願を出させ、血統の復活を認められています。
最初の夫との間に二人の息子をもうけますが、二人とも夭逝し、他に子どもは生みませんでした。
夫の遺言では執行人に指名されますが、この遺言をめぐっては先妻の子である跡継ぎ息子から、継母が父を篭絡して遺産を横取りし、また女王に告げ口をしていると訴えられました。
ちょうど、Jonathan Bardon の A History of Ireland in 250 Episodes で、キルデア伯と絹のトマスの反乱のところを読んだ直後だったので、これはまたグッド・タイミング。
おまけに、この本のグラビアにも同じこの肖像画が、こちらはカラーで載り、さらに表紙にも使われています。こいつはシンクロニシティですね。そこに付けられた説明では、服は黒いウールのガウンで、肩が大きくふくらんでいます。白いところは絹、その下に透けてみえるのは金糸。肖像画の描かれた時期はわかりませんが、結婚後ではありますね。
家を潰された時は幼児ですが、王家に引き取られたときには10歳そこそこ。反逆者の直近の親族でありながら、未来の女王たちの身近にいることを許されたのは、おそらく運だけではないはず。この画からもただ気の強いだけではない、どこか世の中をおもしろがっているようなけしきも漂ってきます。
1534年に始まる絹のトマスの反乱はアイルランド史の上では中世の終わりを画する事件とされていて、このあたり、チューダー朝成立からエリザベスの死までの時期はアイルランド史のなかでも劇的な展開が続きます。このレディ・エリザベスの叔父レナード・グレイも、ヘンリ八世に重用されて絹のトマスの反乱を鎮圧し、余勢を駆ってアイルランド各地に転戦してイングランド支配を強化しますが、あまりに派手にやりすぎてヘンリに嫉妬され、最後は処刑されます。
その間にも、ローマとの決別を迫る英国教会とアイルランド教会の争いがあったり、スペイン無敵艦隊の敗残兵がやってきたり。そうそう、メイヨーの女「海賊」グレース(グラニュール)オマリーが活躍するのもこの時代。「海賊」と呼んだのはダブリンのイングランド政庁で、実際は「海の領主」というべきでありましょう。
グレース・オマリーをめぐっては Shaun Davey が Rita Connoly をリード・シンガーにしてCD《GRANUAILE》を作っています。例によってなかなかの力作。そういえば、この人を題材にした映画だかテレビ・ドラマだかが計画されて、その音楽をルナサが担当するという話が数年前ありましたが、あれはどうなったのかな。
閑話休題。
この DNB はOxford English Dictionary、『ブリタニカ大百科』とならんで「イギリス、偉い」と言える文化事業で、紙版は現在全60巻で出ています。が、メインはオンラインでしょう。有料会員制で、年会費200GBPですから、円高になったとはいえ、個人ではおいそれと手が出る価格ではないですが、日本国内でも大学図書館とかで利用できるところはあるらしい。英国内だと、公共図書館を通じて利用できるシステムになってます。
ただし、メール・アドレスを登録すると毎日1項目、無料で読むことができるというサービスがあります。これが結構お得。誰の項目か選択はできませんし、一年かけても365人ですから、全体の 0.6% にしかなりませんが、長いものになると「エリザベス1世」のように邦訳すれば400字詰め原稿用紙換算約380枚という、単行本一冊分のテキストがタダで手に入るのは魅力です。
それに収録されているのはいわゆる有名人だけでなく、実に様々な人がいて、今日は誰だろうというのが楽しみになります。公開される人の9割はまったく未知の人ですから、これがまた楽しい。俳優、コメディアンもいれば裁判官や軍人もいるし、ジョン・キーツの恋人もいれば、活字製造者もいます。窃盗犯やスパイなんて人もいます。なかには「ブリタニア」のような象徴や『ロランの歌』の作者とされる「ソロルド(トゥロルダス)」のような、はなはだ曖昧な存在もあります。また、多少とも英国に関係がある人はとりあげるので、アイルランドやフランス、ドイツはもちろん、インドやアフリカをはじめ旧植民地の人びとも入っています。
各項目には肖像画やそれに類するものが付いてもいて、サイト上で見ることができます。
一生かけても全部読むなんてできませんが、一部でも邦訳して公開すれば、わが国の人びとにとっても益するところは結構大きいのではないかと思いますが、誰もやらないんでしょうかねえ。それとも需要がないかなあ。
ついでながら、American National Biography も別にあります。こちらは年間会費が 89USD。 無料のサービスは無いようです。
それにしても日本関係の人名辞典でこれというのがないのは、困ったものです。結局ウィキペディアが一番充実してることになるというのも、それはそれで結構なことではありますが、やはり記述の質のムラが大きすぎますなあ。(ゆ)
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