びっくりしたなあ、もう。CDはこんなにも音が良かったっけ。
   
    ボザールにお邪魔したとき、試聴室でCDをかけていたのは、見なれない黒い小型のプレーヤだった。CEC の 3300 も置いてあったが、ちょっとこっちでも聴いてみましょうか、とつなぎかえると、全然ちがう。まるで紗がかかったようになる。フォーカスが甘いというのではなくて、全体がうすくなる。元にもどると音楽が鳴っている空間というか、エーテルというか、その媒体が澄みわたる。遥か奥まで、細部まで、しっかりと見える。別に努力などしなくても、ありありと見える。
   
    それが10年前のデータ用CD-ROMプレーヤだった。秋葉原ではジャンク品として1000円ぐらいで売られているそうな。SCSI のターミナルでパソコン、当時は DOS/V が主流だろうが、これにつなぐ、データの読取専用の外付けドライブである。
   
    オマケだか、需要があったのだか知らないが、これに小さな液晶が付き、プレイ/ポーズ、早送り、巻き戻し、停止ボタンが付き、イヤフォン・ジャックと音量ダイアルが付いている。これだけで立派なCDプレーヤなのだ。電池でも動くらしいから、うんとでかいCDウォークマンとして使われたこともあったのではないか。
   
    ボザールのKさんはOEMも含めて同じものを数台お持ちで、そのうちの一台 TAXAN ICD-400PD というのを貸してくださった。タイムドメイン・ライトをイヤフォン・ジャックにつないで聴いてみる。
   
    これあ、どうだ。音楽が生きてるではないか。こんな無色透明な音はCDでは聞いたことがないぞ。

    Brian Kelly のバンジョー。音にエネルギーがある。跳ねてるよ。

    ヴォーカルもよい。カッワーリの Faiz Ali Faiz のような、熱い声の、中身のぎっしり詰まっているのがびんびん響いてくる。

    Yasmin Levy、これももう聞きいってしまう。引き込まれる。

    いつものリファレンス、Jose Neto の《MOUNTAINS AND THE SEA》。おお、この広大な空間。録音の良さがよくわかる。録音の性格を「何も足さず、何も引かず」正直に出すのは、タイムドメインと同じだ。

    聴くにつれて、だんだん興奮してきた。こういう興奮は、どうも Mac や iPod では味わえないような気もする。要するに、メカではないのだ。モノではない。ソフトウエア、プログラムの世界なのだ、あちらは。そして、ぼくなどはやはり手で触れるモノがないと、本当には興奮しないのだ。
   
    CDももちろん元はデジタルなのだが、読み取った次の瞬間にはアナログに変換される。ソフトウエアでは、Mac から出るまで、いや出た後も DAC を通るまではデジタル・データのままだ。どこでアナログに変換するかという違いだけだが、その違いが案に相違して大きいのだろう。あるいは、その違いが作用する効果に案に相違して敏感なのだ、ぼくは。

    話はややずれるが、音の違いがわからない、と結構平気で口にされるけれど、そう言っている本人がちゃんと聴きとっていることに気がついていないだけなのではないか。われわれの「耳」、それはもちろん感覚器官の耳だけでできているわけではなく、神経システムだけでもなく、脳内に蓄えられた情報、データの質と量までも含めた、総合的な感覚であって、微細な違いも敏感に捉える能力があるはず。ただ、捉えた違いを音の良し悪しとして理解するのではなく、音楽を聴くことだけに集中できないとか、長時間聴いていられないとか、大音量でないと楽しめないとか、の形で把握していると推測する。
   
    もっと突っこんでみると、音が良いことと、音質が良いことは、別なのではないか。音が良いというのは、この場合、音楽を楽しめる、音楽に直接触れられる音である、という意味だ。友人の一人のかつてのシステムは、ロジャース 3/5A を Quad の 33 という、当時すでにヴィンテージもののプリとパワーで慣らしていた。CDになった時も、プレーヤは Marantz の CD-34 だった。音質から見れば、良いとはとても言えない。レンジは狭いし、モコモコしてるし、とにかくダサい。ところが、これで聴くサンディ・デニーのうたの艷っぽさたるや、他では聴いたためしがない。ニック・ジョーンズのギターのつややかさ。フランキー・アームストロングの声がかすれるところのなまめかしさ。とにかく楽しかった。かれのところに遊びにゆくと、いろいろなものをどんどんと聴きたくなったものだ。自分のうちではあまりなじめなかったドノヴァンの《HMS》も、かれのところで聴くとやっぱ名盤だよな、ということになった。
   
    ミュージシャンだって、完璧なテクニックで、極上の美音を聞かせるのに、音楽としてはさっぱりおいしくない、もっと聴きたいとはぜんぜん思えない人は少くない。オーディオも同じだ。
   
    ずいぶん話がずれた。TAXAN のデータCDプレーヤとタイムドメイン・ライトの組合せは、音質の点では、Mac や iPod に負けるかもしれない。しかし、音の良さではまったく互角ないし鼻の差でリードしているのではないか。少くとも、音がダイレクトに飛びだしてくる活きの良さは、Mac や iPod では味わえない。なんといってもあちらは、リッピングとエンコードという手間がかかっているではないか。
   
    とにかく、今は興奮している。次々にあれはどうだ、こっちはどうだ、と聴きたくてしかたがない。ジャンク品恐るべし。(ゆ)