07/20 の「蒲田でアイリッシュ・ミュージック」イベントの音楽用PAとして BauXar が協力してくれることになり、会場の下見に行く。BauXar のKさんは Marty101Jupity301 を作った優秀なエンジニアだが、フットワークの実に軽い方で、関口さんの「音樂夜噺」や川村さんの "Winds Cafe" のPAも担当している。自分で機材をかついで飄々とやってくる。プライヴェートでもしょっちゅう丹沢を歩きまわっているそうだから、足腰は鍛えられている。
   
    「夜噺」や「Winds Cafe」ではもっぱら Jupity が活躍。この日もバックパックに1ペア入れてきてくださる。JR蒲田駅で待ち合わせ。主催の蒲田アカデミアのNさんの案内で会場の蒲田教会へ。駅の東口に出て、5分かかるかかからないか。川を渡り、小学校の脇に瀟洒な教会がある。3年前に改築されたそうで、まだ新しい会堂だ。
   
    会堂の横が前庭というか中庭というか、芝があり、そこでなにやらやっているTシャツ姿のおっさんが林牧師だった。めだたない、もっさりした感じだが、後で聞くとプロテスタントながら、ラテン・アメリカのカトリック神父たちが唱えた「解放の神学」に惹かれ、現地まで行って研究されている由。著書や訳書も出されているそうだ。
   
    会堂は奥行よりも幅の方が若干広いか。例の教会用の長椅子が並べられ、100人入ると満杯だろう。天井は中央半分ほどが正面祭壇とは直角に高くなっている。床はフローリングで、壁も木であるため、残響は大きい。
   
    Kさんがさっそく Jupity を出し、正面の一段高くなっているところに置く。iPod に入れてある Cormac Breatnach & Martin Dunlea の《Music for Whistle and Guitar》(傑作!)をかける。なかなか良い感じ。Jupity はユニットから真上に向かって音が出るから、天井の高くなった部分に音が昇り、そこから降ってくるようにも聞こえる。教会ならではだろう。
   
    ステージ直置きだと、やや低すぎる感じなので、台の上に載せ、長椅子に坐って耳より Jupity の上端がやや高くなるようにする。
   
    いろいろ試してゆくうちにシャナヒーの《TIME BLUE》から〈てぃんさぐぬ花〉をかけた時だ。河原さんの声が出たとたん、空気が変わった。澄みきったエーテルを満たす声に包まれる。これまで散々聞いてきたが、こんなに晴朗な声は聞いたことがない。人間の声のありがたさが体に沁みたる。なるほど、教会で最も多く聞かれる音は説教と賛美歌、つまり人間の声なのだ。人間の声が最もよく響くように設計されている。それはもう、数千年の経験と知恵がこめられているはずだ。よし、今回はうたでいこう。インストゥルメンタルは O'Jizo のライヴがあるわけだし、蛇足になるだけだ。なるべくいろいろなうたを聞いて、見ていただこう。
   
    ステージと一番前の長椅子の間はすこし空いていて、できればぼくは降りてやることにする。ひょっとするとダンスの実演もあるかもしれないとので、その時はここで踊ってもらう。
   
    最後尾の席ではさすがに低音が不足するが、Kさんは当日は2ペア持ってきましょうと言ってくださったので、まず大丈夫だろう。
   
    林牧師も Jupity には興味津々の様子なので、試しに置いてあったラジカセのイヤフォン・ジャックに Jupity をつなぎ、ふだん教会でかけている賛美歌のCDを聞いてみる。教会などで使うためのCDのようだが、ちゃんと作ってある。児童合唱もきちんとしたものだ。Jupity だとヴォーカルがひきたつ。これまでユニゾンとばかりおもっていた合唱がしっかりハモっている、と牧師が驚いている。声がよく聞こえる教会と人間の声をひきたたせるタイムドメイン式は相性が良いとみえる。
   
    他にもひととおり確認して辞去。Nさんの案内で蒲田名物という餃子を食べにゆく。地下道をくぐって駅の西口に出て、細い商店街にはいる。なんということはない中華料理屋だが、蒲田で双璧といわれる店のひとつの由。なるほど、餃子は美味しかった。縁のついた、バリ付きというらしいが、中の具が独得の味。これならいくらでも食べられそうだ。おまけに安い。他にもいろいろ食べてみるが、どれもこれもうまい。なんでも第二次大戦後の大陸からの引揚者が開いた店だそうで、この餃子で成功し、蒲田駅周辺にいくつも店があるそうな。蒲田という土地柄は、なかなかに懐が深いらしい。大田区南北問題というのもあるらしいが、住むのだったらとりすました田園調布よりも蒲田のほうがおもしろそうだ。
   
    満腹の腹をかかえて、地元のNさんとは駅で別れ、家が同方向のKさんとオーディオ談義をしながら帰宅。やはり現場を見ることは大切。(ゆ)