東京医科歯科大・芸術兇旅峙繊■感覆瓩魯屮襯拭璽縫紊離ン・ハ・ディスカンです。
Loened Fall〈A live track from a Festoù-noz〉
from DIWAR IOGODENN 'VEZ KET RAZH, 2006-10, 5:00
このトラック名はぼくが勝手につけたものです。このアルバムはCDとDVDの2枚組で、これはDVDの冒頭の曲。
ブルターニュはアイルランド、スコットランドとならぶケルト語圏で、ブレイス語というケルト語の一派が話されていますし、短かいメロディのくるくると回るような反復を特徴とする音楽が盛んです。ブレイス語はウエールズのキムリア語の仲間で、元々はウエールズからの植民者が持ちこんだものです。この仲間には、ふたつの中間の位置にあるコーンワル語がありましたが、今は死滅してしまい、復興の努力がされています。
ブルターニュは実は「ケルト」文化圏ということを最初に言いだした国です。1960年代、アラン・スティヴェールが、父親が復興した小型のハープを抱えて伝統歌をうたいはじめた時に、これは「ケルト」のうただと言いだしたのでした。今から思えば、当時はまだ中央集権意識の強かったフランス国内で、地方独自の文化を看板に掲げるための戦略のひとつという側面もあったのでしょう。
「国民国家」をまとめるために言語つまり「国語」は非常に強力なツールであり、イデオロギーでもあります。たとえば「フランス人」とは「フランス語」を話す人びとであり、「フランス」国家は「フランス人」が住み、つくった国である、というように。ブルターニュや、あるいはスペインのカタルーニャやガリシアもそうですが、独自の言語と歴史と文化をもつ地域は、こうした近代イデオロギーに抵抗して独自の文化を維持するために音楽を「利用」してきた側面があります。
ブルターニュのダンスは独自なもので、男女が混成集団で横に腕を組んで列を作り、ステップだけを踏みます。腕を組んでいるので脚以外は動かせませんが、映像を見ると踊っている人たちはほとんど表情を変えません。また、ステップも難しいものではなく、ほんとうに誰でも踊れます。究極の集団ダンスと言えるかもしれません。このダンスを楽しむ集まりを フェスト・ノーズ festoù-noz と呼び、夜を徹しておこなわれることも珍しくありません。
この時にダンスの伴奏をするのはシンガーです。二人一組のシンガーが交互にうたいます。相手の最後の一行を重ねてうたってひきついでいきます。この形が「カン・ハ・ディスカン」です。シンガーは男女で組む場合もあり、同性で組むこともあります。また、シンガーと楽器、フィドルやボンバルドと組むこともあります。歌詞は正直よくわからないのですが、定番のものもあり、また即興で近所のできごとや、河内音頭のように時事ネタをうたいこんでゆく場合もあるようです。
ボンバルドはブルターニュ独得のリード楽器で、チャルメラの仲間です。円錐形の筒の末端に突きでたリードを直接吹きます。非常に高い音域と強く大きな音量を持つ楽器です。ブルターニュ人はとにかくこれが大好きで、ボンバルドの入らないアンサンブルはありません。最小単位はボンバルドとアコーディオンと言えるくらいです。また、音域の異なる数十本のボンバルドを揃え、バグパイプ、打楽器が加わるバンドというよりはオーケストラというべきアンサンブルが、どの町、村にもあります。バガドと呼ばれるこのアンサンブルは、例外なくアマチュアがメンバーで、毎年コンクールをやって優勝を競います。
ここで伴奏をしているロワネド・ファルは、ダンス伴奏を専門とするバンドで、二人のシンガーにフィドル、ギター、ボンバルドが加わります。2006年に結成10周年となり、その記念のフェスト・ノーズの模様を収めたのがこのDVDです。紹介したのはその最初の曲。
ロワネド・ファルのサイトはこちら。ビューゲル・コーアルのサイトもここから跳べます。
ブルターニュにもアイルランドやスコットランドのように、ダンス・チューンもあり、器楽だけによる演奏もありますが、フェスト・ノーズとなるとうたがないと始まらないらしい。アイルランド、スコットランドのマウス・ミュージックよりもさらに一歩、うたに比重がかかっていて、このうただけを鑑賞するライヴも行われるようになっていますし、CDも普通に出ています。
一方、ダンサーが気持ち良く踊れて、どんどん踊れるようになるには、二人のシンガーの腕次第のところがあるようです。当然、相性も作用します。ロワネド・ファルのシンガー、女性のマルト・ヴァッサーロ Marthe Vassallo と男性のロナン・ゲブレス Ronan Gue/blez は、現役ペアのなかでも最高の一組と言われています。マルトはブルターニュを代表するシンガーのひとりで、こうした伝統のコアを嬉々として支える一方で、クラシックやロック、前衛音楽などにも積極的に取り組んでいます。
ロワネド・ファルとは別に、ビューゲル・コーアル Bugel Koar というデュオをバンドネオン奏者のフィリップ・オリヴィエ Philippe Olivier と組んでいて、来日もしています。伝統音楽をベースに、独自のクールで熱く、切れ味の鋭い音楽を展開し、二人だけとは思えない、広がりと奥行を持っています。今年年末に再来日の予定があるそうなので、お見逃しなきよう。
それにしてもカン・ハ・ディスカンによる継続感、つまりとぎれない感覚には強力な推進力があります。演奏者は特に熱く盛り上がるわけではなく、坦々とやっているのですが、声を重ねながら短かいメロディが反復されてゆくと、聞いているだけでもだんだん熱くなってきます。ケルト系の音楽は、演奏や歌唱自体は特に感情を表に出して熱く燃えることはほとんどありません。それよりも、一度聴き手の内部に入ってから、聴き手の中にある「何か」に火を点ける傾向が強い。カン・ハ・ディスカンも同じです。おそらく現地では夜も深まるほどにうたい手たちの喉や舌も滑らかになり、踊り手たちの体もどんどん軽くなってゆくのでしょう。(ゆ)
Loened Fall〈A live track from a Festoù-noz〉
from DIWAR IOGODENN 'VEZ KET RAZH, 2006-10, 5:00
このトラック名はぼくが勝手につけたものです。このアルバムはCDとDVDの2枚組で、これはDVDの冒頭の曲。
ブルターニュはアイルランド、スコットランドとならぶケルト語圏で、ブレイス語というケルト語の一派が話されていますし、短かいメロディのくるくると回るような反復を特徴とする音楽が盛んです。ブレイス語はウエールズのキムリア語の仲間で、元々はウエールズからの植民者が持ちこんだものです。この仲間には、ふたつの中間の位置にあるコーンワル語がありましたが、今は死滅してしまい、復興の努力がされています。
ブルターニュは実は「ケルト」文化圏ということを最初に言いだした国です。1960年代、アラン・スティヴェールが、父親が復興した小型のハープを抱えて伝統歌をうたいはじめた時に、これは「ケルト」のうただと言いだしたのでした。今から思えば、当時はまだ中央集権意識の強かったフランス国内で、地方独自の文化を看板に掲げるための戦略のひとつという側面もあったのでしょう。
「国民国家」をまとめるために言語つまり「国語」は非常に強力なツールであり、イデオロギーでもあります。たとえば「フランス人」とは「フランス語」を話す人びとであり、「フランス」国家は「フランス人」が住み、つくった国である、というように。ブルターニュや、あるいはスペインのカタルーニャやガリシアもそうですが、独自の言語と歴史と文化をもつ地域は、こうした近代イデオロギーに抵抗して独自の文化を維持するために音楽を「利用」してきた側面があります。
ブルターニュのダンスは独自なもので、男女が混成集団で横に腕を組んで列を作り、ステップだけを踏みます。腕を組んでいるので脚以外は動かせませんが、映像を見ると踊っている人たちはほとんど表情を変えません。また、ステップも難しいものではなく、ほんとうに誰でも踊れます。究極の集団ダンスと言えるかもしれません。このダンスを楽しむ集まりを フェスト・ノーズ festoù-noz と呼び、夜を徹しておこなわれることも珍しくありません。
この時にダンスの伴奏をするのはシンガーです。二人一組のシンガーが交互にうたいます。相手の最後の一行を重ねてうたってひきついでいきます。この形が「カン・ハ・ディスカン」です。シンガーは男女で組む場合もあり、同性で組むこともあります。また、シンガーと楽器、フィドルやボンバルドと組むこともあります。歌詞は正直よくわからないのですが、定番のものもあり、また即興で近所のできごとや、河内音頭のように時事ネタをうたいこんでゆく場合もあるようです。
ボンバルドはブルターニュ独得のリード楽器で、チャルメラの仲間です。円錐形の筒の末端に突きでたリードを直接吹きます。非常に高い音域と強く大きな音量を持つ楽器です。ブルターニュ人はとにかくこれが大好きで、ボンバルドの入らないアンサンブルはありません。最小単位はボンバルドとアコーディオンと言えるくらいです。また、音域の異なる数十本のボンバルドを揃え、バグパイプ、打楽器が加わるバンドというよりはオーケストラというべきアンサンブルが、どの町、村にもあります。バガドと呼ばれるこのアンサンブルは、例外なくアマチュアがメンバーで、毎年コンクールをやって優勝を競います。
ここで伴奏をしているロワネド・ファルは、ダンス伴奏を専門とするバンドで、二人のシンガーにフィドル、ギター、ボンバルドが加わります。2006年に結成10周年となり、その記念のフェスト・ノーズの模様を収めたのがこのDVDです。紹介したのはその最初の曲。
ロワネド・ファルのサイトはこちら。ビューゲル・コーアルのサイトもここから跳べます。
ブルターニュにもアイルランドやスコットランドのように、ダンス・チューンもあり、器楽だけによる演奏もありますが、フェスト・ノーズとなるとうたがないと始まらないらしい。アイルランド、スコットランドのマウス・ミュージックよりもさらに一歩、うたに比重がかかっていて、このうただけを鑑賞するライヴも行われるようになっていますし、CDも普通に出ています。
一方、ダンサーが気持ち良く踊れて、どんどん踊れるようになるには、二人のシンガーの腕次第のところがあるようです。当然、相性も作用します。ロワネド・ファルのシンガー、女性のマルト・ヴァッサーロ Marthe Vassallo と男性のロナン・ゲブレス Ronan Gue/blez は、現役ペアのなかでも最高の一組と言われています。マルトはブルターニュを代表するシンガーのひとりで、こうした伝統のコアを嬉々として支える一方で、クラシックやロック、前衛音楽などにも積極的に取り組んでいます。
ロワネド・ファルとは別に、ビューゲル・コーアル Bugel Koar というデュオをバンドネオン奏者のフィリップ・オリヴィエ Philippe Olivier と組んでいて、来日もしています。伝統音楽をベースに、独自のクールで熱く、切れ味の鋭い音楽を展開し、二人だけとは思えない、広がりと奥行を持っています。今年年末に再来日の予定があるそうなので、お見逃しなきよう。
それにしてもカン・ハ・ディスカンによる継続感、つまりとぎれない感覚には強力な推進力があります。演奏者は特に熱く盛り上がるわけではなく、坦々とやっているのですが、声を重ねながら短かいメロディが反復されてゆくと、聞いているだけでもだんだん熱くなってきます。ケルト系の音楽は、演奏や歌唱自体は特に感情を表に出して熱く燃えることはほとんどありません。それよりも、一度聴き手の内部に入ってから、聴き手の中にある「何か」に火を点ける傾向が強い。カン・ハ・ディスカンも同じです。おそらく現地では夜も深まるほどにうたい手たちの喉や舌も滑らかになり、踊り手たちの体もどんどん軽くなってゆくのでしょう。(ゆ)
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