先週土曜日の「ウィークエンド・サンシャイン」でかけた楽曲の解説です。まずは冒頭の聞比べ。伝統曲にかぎらないでしょうが、同じ曲の様々な録音を聞き比べるのは楽しいものです。伝統曲では普通のカヴァー曲よりも違いが大きくなる傾向があります。イングランドやスコットランドでは、音楽伝統が一度途切れており、ミュージシャンを縛るしがらみが少ないため、さらにその傾向が推進されます。
今回聞いていただいたのも、バラカンさんも「同じ曲を聞いたとはとても思えない」とおっしゃってましたが、それぞれに変化が大きいです。
01. 伝統の伝わり方その1 Hal-An-Tow, trad.
01a. Helston Town Band, Furry Dance, 《VOICE OF THE PEPOLE 16: You Lazy Lot of Bone-Shakers》, 1944,
01b. The Watersons, Hal-An-Tow, 2:08, Three Score And Ten, 1965
01c. Shirley Collins & the Albion Counrty Band, NO ROSES, 1971
01d. Oyster Band, STEP OUTSIDE, 1986
この曲についてはメルマガ本誌の先月号でとりあげていますので、それと重なることはご容赦ください。
このうたはもともと、コーンワルのヘルストン Helston で毎年5月8日におこなわれる Helston Furry Dance でうたわれていたものです。ヘルストンではこの日は "Furry (or Flora) Day" と呼ばれ、聖ミカエルの祭日。朝からいたずら者たちが緑の小枝を集め、街路を踊りあるきました。近年では踊る人が増えて、数珠繋ぎになって練り歩く形です。YouTube ではたとえばこれ。
"Furry Day" は昔はコーンワル各地で祝われていたようですが、現在残っているのはヘルストンのみ。また、かつては少数の若者が朝から騒音をたて、昼に集って列をなして踊るものだった由。19世紀なかごろになると、地主貴族階級、商人、労働者と、ヘルストンにあった三つの階級ごとに列をつくり、まったく同じダンスを同じルートで踊っていました。
ヘルストンに残った理由のひとつは、1907年、当時のロンドン市長がヘルストン出身者の息子で、日中のダンスに参加したことから注目を集めたことにあるようです。
現在では朝の7時に最初のダンスが始まり、一日中、参加者を変えながら続きます。
午前8時半、シカモアやブナの枝を持った一団の人たちがこのうたをうたいながら練り歩きます。
10時に子どもたちが踊り、そして正午からメインのダンスが始まります。上記 YouTube のものはこの昼のダンスです。音楽は〈Hal-An-Tow〉のメロディが聞きとれますが、これもこの形に合わせて変化しています。放送でかけた《THE VOICE OF THE PEOPLE 16》の1944年のライヴ録音は、YouTube のものよりややテンポが速いです。
祭自体はおそらくはキリスト教以前にまで遡り、このうたとダンスは歌詞にもあるように、春去りて、夏来たれと願うもの。なお "halan" は "calends" すなわち「朔日(一日)」を意味し、"tow" は "garland" の意味。
さてこのうたをウォータースンズは1965年の 1st《FROST AND FIRE》12T136 (CD,
1990, 2007) でとりあげました。今回《THREE SCORE AND TEN》に収められたのもこも版です。グループの回顧ボックス《MIGHTY RIVER OF SONG》にも収録。
"A calendar of Ritual and Magical Songs" の副題を添えられたこのアルバムは「メロディ・メイカー」紙の Folk Album of the Year に選ばれました。また、ジャケット・デザインの上でもトピックの一時代を画するものでした。ボックス・セットでもこの年を代表する録音として、見開きページを与えられています。
録音とプロデュースはビル・リーダー Bill Leader。「スタジオ」はカムデンにあったリーダーの自宅。ノーマによれば、朝の9時から始め、昼食はリーダー手作りのシチュー。午後また続きをやってグループは夕方にはヨークシャはハルの自宅に帰りました。録音はすべてファースト・テイク。アルバム冒頭の〈Here We Come a-Wassailing〉のテープがなぜか行方不明になったため、この曲だけ再録音。
リードはマイク、太鼓はビル・リーダー。
歌詞の大意です。
角をはやすのは恥ずかしくはないぞ
生まれたときにはとさかだった
親父の親父もつけていた
親父もつけていた
コーラス
ハー・ラン・トウ、ジョリ・ラムバロウ
夜明けよりずっと前には起きてたぞ
さあ夏を迎えよう
5月を迎えよう
夏がやってくる
冬よ、さらば
スペイン人はどうしたというんだ
なにをあんなに自慢してるんだ
なんで羽根のついたままの雁を食べるんだ
おれたちはローストした鳥を食べるんだ
コーラス
ロビン・フッドとリトル・ジョンは
ふたりそろって市に出かけた
おれたちは楽しい緑の森へ行く
雄鹿と牝鹿を狩りにゆく
コーラス
メアリ・モーゼズ叔母さんに神のご加護を
叔母さんの魔法の力に神のご加護を
そしてわれらがイングランドには平安を
昼も夜も平和でありますように
コーラス
儀式のうたでもあり、またごく古いうたでもあるので、歌詞に一貫した意味はとれませんが、冬を送り、春を迎えるうたであることは確かです。ロビン・フッドが出てくるのは、かつては祭の呼び物としてロビン・フッド劇が上演されていたためでしょう。
ウォータースンズのうたは、こうした「ホームメイド」なハーモニーに特徴があります。こうしたハーモニー・コーラスはイングランドの伝統音楽の特徴でもあり、イングランドにはこうしたコーラス・グループがいくつもありますし、コーラスを前面に出さない、例えばオイスターバンドのメンバーも、ごく自然にハモります。スティーライ・スパンの有名な〈The king〉は、ウォータースンズをエミュレートしたものですが、イングランド勢だけならば、そう難しいことではなかったはず。
とはいえ、ウォータースンズ自身もリヴァイヴァリスト、つまり後から伝統音楽をやるようになったので、ひとつのお手本があります。それが南イングランドのコッパー・ファミリー The Copper Family です。
この一族はすでに数世代続いていて、現在でも元気に活動しています。かれらは正規の訓練を受けているわけではなく、いわば手作りのハーモニーを何世代も伝えてきました。録音としては、CDの《COPPERSONGS》あたりをどうぞ。また、長い間中心人物だった Bob Copper が一族の歴史とうたについて書いた A Song for Every Season は、イングランドの庶民の歴史としても、伝統音楽が伝えられていく現場証言としても、興味深い読物です。
コッパー・ファミリーのレパートリィには伝統曲だけでなく、ミュージック・ホールやかつての流行歌、またノベルティ・ソングなども含まれます。この辺は、番組の後で出てくるオールダム・ティンカーズなどとも共通して、イングランド伝統音楽のおもしろいところです。
1965年のウォータースンズの録音にヒントを得て、シャーリー・コリンズが1971年、アルビオン・カントリー・バンドと録音したのが《NO ROSES》のヴァージョン。
ちなみにこのアルバム・タイトルは〈A Week Before Easter〉の一節ですが、このうたのソースがボブ・コッパーです。
バックは
Richard Thompson: electric guitar
Tony Hall: melodeon
Greg Butler: serpent
Trevor Crozier: jew's harp
Dave Bland: hammer dulcimer
Roger Powell: drums
Simon Nicol, Barry Dransfield, Royston Wood: chorus
サーペントは中世の管楽器でトランペットの祖先のひとつ。アレンジはメロディオンが全体を引っぱり、ハマー・ダルシマーが色を付ける形。シャーリーのうたにバックが合わせているので、アルバム全体でも伝統色の強いほうでしょう。
このアルバムは、イングランドの伝統歌をロックのフォーマットと方法論で解釈しなおす試みですが、〈Murder of Maria Marten〉のようなロック色の強い曲に比べると、このアレンジはそこに至る途中の試行錯誤の過程がそのまま音になったところがあります。しかもそのままでひとつの完成形をも示していて、興味が尽きません。
ハマー・ダルシマーはこんにち、ブリテン、アイルランドの伝統音楽ではほとんど使われなくなってしまいましたが、この頃は結構「ホット」な楽器だったと記憶します。リチャードのギターはもっぱらリズムですが、均等リズムでないせいか、どこにいるのだろうという感じ。
コーラスのバリィ・ドランスフィールドは兄のロビンとのデュオで名を挙げる人。ロイストン・ウッド (1935-90) は、ピーター・ベラミ Peter Bellamy (1944-91)、ヒーザ・ウッド Heather Wood (1945- 、ロイストンと血縁ではない) と組んだコーラス・グループ The Young Tradition でデビューした人。このグループもコッパー・ファミリーの影響から生まれたもので、1960年代、ロンドンのフォーク・リヴァイヴァルの一角を担っています。
シャーリー・コリンズから14年後、イングランドを代表するルーツ・ロック・バンド、オイスター・バンドがこれをとりあげます。
Oyster Band《STEP OUTSIDE》
オイスター・バンドはバンド名の綴を変えていて、今は Oysterband と一語にしていますが、この頃は The Oyster Band と書いていました。
メンバーは
John Jones: vocal, melodeon
Ian Kearney: vocal, bass, guitars
Russell Lax: drums
Alan Prosser: vocal, guitar
Ian Telfer: fiddle, keyboards
このアルバムはそれまでドラムレスで通してきたバンドが初めてドラムスを入れて、よりロック色を強める嚆矢となったもの。なお、プロデュースはクライヴ・グレグスン。Cooking Vinyl の記念すべき COOK 001 です。
その冒頭がこの〈Hal-an-tow〉ですが、これはもうあっけらかんとした完全なロックンロール。80年代も半ばになると、伝統歌のロック化も特に悩むこともなくできるようになっていた、ということでしょうか。
もっとも、オイスター自身、70年代後半からの様々な試行錯誤や、イングランドのカントリー・ダンス・バンドとしての経験を重ねてここまで来ているので、やってしまえば「コロンブスの卵」でありますが、誰でもこれを思いつけるというわけでもないでしょう。
なお、オイスターは歌詞の順番を替えてうたっています。
伝統歌とは古いうたが古いかたちのままうけつがれるものではなく、その時代に合ったフォーム、アレンジ、編成で解釈しなおされるものです。同時に、現在行われている形の原型を知ることで、今の、新しい解釈のおもしろさが味わえるものでもあります。その意味でも、トピックのカタログに豊富なフィールド録音やより古い解釈の録音は貴重で、様々な楽しみかたができるものでもあります。(ゆ)

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