A New History of Ireland: Ireland Under the Union, I: 1801-1870W. E. Vaughan, ed.
Oxford University Press


    アイルランド歴史学界が総力を上げて執筆編集した通史のペーパーバック版5冊目。なんだか、どんどこどんどこ出てきて、半年に1冊の予定じゃなかったのかよ。そんなにどんどん読めないよ。ちなみに次は来年4月、第6冊 Ireland Under the Union, II: 1870-1921 です。ただ、この第5巻も、来年1月の刊行予定がもう来ましたから、次も早まるかも。

    1800年、小ピットのロンドン政府はダブリンのアイルランド議会を閉鎖し、ウェストミンスターの議会に統合します。そして1921年、愛英条約によって島の南部26州がアイルランド自由国として独立するまで、アイルランドが連合王国の一部であった120年間を、このシリーズでは2分冊で扱います。シリーズのなかでもこの2冊はひと続きのものとされていて、参考文献は第6冊にまとめられています。

    その前半70年間ですが、何といってもこの時期を象徴する事件は「大飢饉」です。表紙も当然、この事件を象徴的に描いた絵が採用されています。

    1845年のジャガイモ胴枯れ病の勃発に始まる飢餓と伝染病による惨禍は、人類の歴史の上でもユニークな事件です。伝染病ならば、13世紀ヨーロッパを席巻するペストがあり、カリブ海や新大陸の先住民に壊滅的打撃をもたらした天然痘があります。ですが、ごく狭い地域の住民が、まず飢饉に襲われ、それがきっかけで伝染病が猛威をふるい、その結果、人口が約四分の三に減るというのは、他に似た例を知りません。

    特定地域の人口の短期間での激減は、戦争などでも起きますが、アイルランドの「ジャガイモ飢饉」の場合は、平時であり、表面上は繁栄を極めていたさなかでのことでした。おそらく最も特徴的なのは、餓死または病死による人口減は約100万で、同数の人間が移民によって国を離れたことで人口が減ったことでしょう。移民した人びとは、残れば死ぬしかないと追いつめられて移民しました。もしこの人びとが移民しなかったならば、アイルランド国内での死者の数は、事実として残っている死者と移民数を合わせた200万を遥かに超えていた可能性があります。

    実際、移民した人びとも、全員が無事生き延びたわけではありません。かつての奴隷貿易同様、あるいはもっと悲惨な条件になることも少くなかった大西洋横断航海中に死亡する人。新大陸に着いたものの、検疫のため港の中で碇泊中に死亡する人。さらには船賃の安いカナダに着いて、合州国を徒歩でめざし、途中で倒れる人。正に行くも地獄、残るも地獄の世界でした。

    もうひとつ、この「大飢饉」をユニークにしているのは、この惨禍の少からぬ部分が、「人災」だったということです。空前の惨状を前にしても、ロンドンの自由党政府は、「市場のことは市場に任せよ」との自由放任主義経済に固執するあまり、せっかく始めていた救済措置を早々に打ち切ります。まとまった数の人びとの国外脱出が始まるのはこの後のことです。

    「大飢饉」について書いているとキリがありませんが、とまれこの危機というよりは「崩壊」が、それ以前から始まっていたアイルランドの変化を飛躍的に促進するとともに、それ以後のアイルランドの社会、文化、そしてブリテンとの関係が形成されてゆく大きな要因であることはまちがいありません。アイルランドでは実に1960年代まで、一部に19世紀以来の社会が残存しますが、それもまた「大飢饉」が大きな要因とも言えるでしょう。

    ことはアイルランドという島の中だけに留まりません。18世紀に始まっていた国外移民が、さらに大規模に起きることで、アイルランドの歴史は島を超えて広がります。そのことを反映して、この巻ではブリテン、オーストラリアとニュージーランド、北米のアイルランド人たちに各々一章が割り当てられています。

    もちろん、19世紀アイルランドでは「大飢饉」しか起こらなかったわけではありません。政治の世界では、前半にダニエル・オコンネル、そして主に次の第6巻で扱われる後半にはチャールズ・スチュワート・パーネルが活躍します。「大飢饉」のさなかに武装反乱を試みた青年アイルランド党の運動もあります。産業革命の進行、大英帝国の建設も当然アイルランドに大きく影響します。「ボイコット」という言葉とそれが現わす戦術が生まれたのも、この時期のアイルランドです。そして何より、ぼくらが今親しんでいるアイリッシュ・ミュージックも、その主要部分はこの時期に形ができています。

    このシリーズの全部は買えないが、1冊ぐらいは買ってみたいのであれば、この "Ireland Under the Union" の2冊はお薦めです。こんにちのアイルランドを直接に形作っているのは、この時代です。

    このシリーズは複数の著者による、いわばオムニバスです。一人の著者による、統一的視点で語られるこの時代の歴史を読みたいのであれば、まずは R A Foster の MODERN IRELAND: 1600-1972 を薦めます。さらに余裕があれば、F S L Lyons の IRELAND SINCE THE FAMINE をどうぞ。

    え、日本語で読みたいって。その場合は上記どちらかの飜訳をおおしまにやらせろ、とお好みの出版社に薦めてください 。(ゆ)