Paula Spencer    Irish Book of the Decade 候補作のおさらい その4。
   
    アイルランドの現代小説家では最も日本語に飜訳され、また名の通っている人だろう。長篇6冊の他に、小説とエッセイのオムニバスがそれぞれある。もっとも、これも『ザ・コミットメンツ』の映画化の恩恵ではある。なにせ邦訳のうち4冊はキネマ旬報社から出ているのだから。
   
    これは『ポーラ—ドアを開けた女』(1996) の続篇。前作から10年後のヒロイン48歳の誕生日前夜から始まる。ポーラはこの日で4ヶ月と5日、アルコールを口にしていない。下の方の子ども、ジャックとリーンがまだ一緒に住んでいる。ポーラはあいかわらず、掃除人をしているが、同僚は皆、東欧人になった。スーパーのレジ係はナイジェリア人。カフェではカプチーノが飲めるし、姉妹のカーメルはブルガリアに別荘を買うことを考えている。ポーラには孫が4人いる。
   
    平凡な存在の平凡な日常こそは書くに値する偉大な事件であると示したのがジョイスの功績であり、20世紀小説の王道だったとすれば、ロディ・ドイルはその王道をにやにやとアイルランドの笑いを浮かべてしっかりした足取りで歩いているのだろう。

    ドイルは『星と呼ばれた少年』に始まる三部作 The Last Roundup の完結篇 The Dead Republic が出たばかりで、2009年に死ぬヘンリー・スマートの生涯の最後の部分が語られる。ドイルの長篇の中では、その規模、視野において最も雄大で、また重要な三部作の完結にふさわしい傑作という評価が出ている。