
これもチック・リット、 女性を主人公とし、女性特有の問題をテーマとするジャンルの作家。ジャンル的にはこの50選の中で人数が一番多いのではないか。まあ、わが国でも林真理子とか吉本ばななとか、あのあたりの書き手に近いのだろう。
現物を読んでいるわけではないが、設定はダブリンを中心とした都会の中流階級の話が多いように思われる。少なくともあまり貧乏人は出てこないようだ。もっとも貧困層の話はこれも大量に刊行されている回想録や自伝でいやというほど読める。こちらは逆に中流から上はほとんどない。その点では、こういう書き手が増えたのはやはり経済成長のおかげにみえる。
この人の経歴はチック・リット作家としてはちょと異色で、はじめアイルランドの商業銀行に入り、ディーラーとなってついには主任ディーラーにまで昇進。アイルランド初の女性チーフ・ディーラーだった由。もっともその割には書く小説は幸田真音のような経済小説ではなく、女性ディーラーが主人公であっても、テーマは個人的な問題、結婚、妊娠、恋愛、家族、友情などである。アイルランド経済の中での女性の地位、というようなモチーフも見当らない。この辺がアイルランドらしさということか。
チック・リットではそうしたいわば「天下国家」を論じたり、テーマとして正面からとりあげたりすることは無いようだ。また、宗教、というよりも教会との関係も大きくとりあげられることはどうもないらしい。背景にはあるはずだし、異教徒や外国人の眼から見ると、著者も意図しない形で顕わになっていることもありえるが。あくまでもメイン・キャラの周辺にフォーカスを絞り、そこで起きる人間模様を語ることに専念しているようにみえる。また基調は明るく、ユーモラスで、問題自体は深刻でも暗い雰囲気にはならない。結末も悲劇、オープン・エンディングなどではない。
それと、この分野の書き手で生年を明らかにしている人は例外に属する。
この人は幼ない頃から本に関わる仕事をしたいと念じていて、いわば「ケルティック・タイガー」の一角を支えながらも、30代半ばになって、今書かなければ一生書けないと一念発起。最初に書いたものは売れなかったが次のオファーにつながり、最終的には銀行を辞め、作家に専念。現在は小説家業のかたわら『アイリッシュ・タイムズ』に経済コラムを執筆。なお生粋のダブリン子。
デビューは Dreaming of a Stranger (1997)。以後、年1冊のペースを確実に守る。3作目の Suddenly Single (1999) が『サドンリー・シングル』 (2001-11) として、4作目の Far from Over (2000) が『パーフェクト・マリッジ』 (2002-05) として邦訳されている。
今回候補になったのは11作めの長篇で、2人のヒロインの結婚と妊娠をめぐる話。 片方は子どもが欲しいのにできず、もう片方は17歳の娘がいるのに二人目を妊娠する。しかしこちらの夫は妊娠判明と前後して、実は重婚していることが明るみに出て……。
最新作は14作めの The Perfect Man (2009)。またパトリシア・スカンランの立ち上げた Open Door シリーズのノヴェラが2冊。他に短篇集が2冊。今秋3冊めの短篇集が刊行予定。短篇集がこれだけ出るのはチック・リットの書き手としては珍しい。(ゆ)
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