
1964年コーク生。アイルランドとトルコの混血。幼少時、両親は頻繁に転居。モザンビーク、トルコ、イランに住む。12歳からオランダに腰を落ちつける。ケンブリッジで法律を学び、最初の小説を書いた後、イングランドでビジネス法関係の弁護士を勤める。夫人は『ヴォーグ』誌の編集者だが、ファラー・シュトラウス・ジローの編集者時代に、後の夫の第二長篇を却下した。現在はニューヨーク在住で、『アトランティック・マンスリー』に文芸批評を書く。英語、仏語、蘭語を話す。
作家デビューは This is the Life (1991) で、本作は3作め。著書は他に Blood-Dark Track: A Family History (2001) がある。
話は比較的単純。語り手はオランダ人株式仲買人がイングランド人の妻と息子と1998年にニューヨークに移住する。9/11後、かれは妻と疎遠になり、妻は息子を連れてロンドンに帰る。語り手は若い頃楽しんだクリケットにはまりこむ。ニューヨークでは当然移民のごく一部が楽しむだけだが、その中にトリニダード出身の実業家チャックがいる。カリスマ的なチャックはニューヨークにクリケット・スタディアムを造り、クリケットをアメリカのメジャー・スポーツにする夢をもっている。語り手はチャックの夢に共感するが、チャックとの関係が深まるとともに、かれが賭博や犯罪組織と関係を持つことを知る。夢やぶれて、語り手もロンドンの妻子のもとへ赴く。後日、語り手はチャックが殺害されたことを知る。
というストーリーだけでは、この話の面白みはわからないようだ。刊行当時、9/11後にニューヨークとロンドンの生活について書かれた、最もおかしく、怒りに満ち、読むのがつらい、荒涼とした小説、と評された。『グレート・ギャツビー』のポストコロニアル版として、ポストコロニアル小説として群を抜いた作品という評もある。オバマ大統領の愛読書としても知られる。
アイルランドにしても、オランダにしても、おそらくはアメリカを正面ではなく、斜めの角度から見る視点を提供しているのだろう。それも、意識的なものではなく、ごく自然にそうなってしまうのだ。
オランダ人はニューヨークに最初に植民した人びとであり、後にイングランド人に奪われ、さらにアメリカ化されたそこに行くことは、他の人びとには無い感覚を生むこともありえる。オランダ人にとって植民地でありながら、植民地ではない。クリケットはイングランドのシンボルたるスポーツであり、イングランドがオランダから奪った植民地に、イングランドのシンボルをトリニダード人とオランダ人が造ろうというのは、イングランドへの捻れた復讐にもみえる。と同時にアメリカを内部から切り崩す契機もはらむ。チャックは犯罪組織間の抗争で殺されたとも考えられるが、「テロとの戦い」の一環として、「反アメリカ分子」として抹殺された可能性も捨てきれない。
カラム・マッキャンと同世代であり、アイルランドの外で活動し、伝統的に「アイルランド的」とされてきたものに依存しない作風でも共通する。この50選に選ばれた作品もともに9/11をモチーフとする点も同じなのは、はたして偶然か。一方、世代的には一世代ずれるが、コスモポリタンな背景ではヒューゴー・ハミルトンに通じよう。これをしも「アイルランド文学」に含めることで、アイルランドの文学はその展開の場を拡大し、ひいてはアイルランド人の意識も拡大している。(ゆ)
コメント