Foolish Mortals    Irish Book of the Decade 候補作のおさらい その50。

    このおさらいのラストは1930年生まれのジェニファ・ジョンストン。作品としては本篇の後に、昨年、最新作 Truth or Fiction が出ている。ウィリアム・トレヴァーエドナ・オブライエンとともにこの50選の書き手の中では最長老世代。
   
    ちなみにこの順番は『アイリッシュ・タイムズ』の記事に掲載された順番。どういう基準かは不明。
   
    ジョンストンはキャリアは長いし、作品も映画化されているのだが、邦訳は一点もない。この辺が翻訳出版の「七不思議」である。
   
    ダブリン生まれだが、家庭はアイルランド国教会信徒で、その小説のモチーフはアングロ・アイリッシュのプロテスタントの20世紀における没落が多い。この辺が邦訳しても売れない、と判断される要因だろうか。
   
    最も有名な作品は1979年の The Old Jest だろう。ホイットブレッド賞受賞作で、ロバート・ナイト監督、アンソニー・ホプキンス、レベッカ・ピジョン主演で『青い夜明け』The Dawning (1988) というタイトルで映画化もされた。アイルランド独立戦争がテーマの由。
   
    母親は俳優、父親は劇作家、いとこにも女優がいるという一族。
   
    現在はノーザン・アイルランドのデリー在住だが、共和国の「人間国宝」に相当する「オスダナ」のメンバーでもある。
   
    本篇はメイン・キャラの一人、ヘンリーが交通事故から意識を回復するところから始まる。運転していたのは二人めの妻で、彼女は事故で死んでいる。周囲には最初の妻ステフと二人の子どもたち、ヘンリーの母親が現れて、それぞれのドラマを演じる。ヘンリーはダブリンで出版社を経営している。事故はどうやら仕組まれたものであるようで、真相を知っているらしい画家の母親はそれを明かそうとしない。
   
    テーマは21世紀初頭のダブリンの中流階級の家庭における家族の絆、あるいは家族の関係とはどういうものか、どう変化しているのか、世の常識をくつがえすところにある由。
   
    ここでもものごとを進め、事態を打開してゆくのは女性たちで、男どもは醜態をさらしているらしい。
   
    21世紀初頭のアイルランドは「女性」の社会、女性中心に回っている社会である、とこの50選を眺めるかぎりでは言えそうだ。現在のわが国にも似た男尊女卑社会だった20世紀とはまことに対照的ではある。一言で言えばそれは「武士は喰わねど高楊枝」の社会であり、女たちは、もう二度とあんなことはごめんだ、男には任せておけない、とほぞをかためているのだろう。(ゆ)