
アイルランド西部の自宅で亡くなっているのを家族が発見したそうで、死因等は不明です。特に病気を持っていたわけでもないようです。
ホーガンはアイルランド系のイングランド人で、コンピュータのセールスマンなどをした後、1977年 INHERIT THE STARS でデビュー。月面で5万年前の人間らしきものの死体が発見される、という発端の、ハード・ミステリSFで、『星を継ぐもの』として邦訳され、星雲賞も受賞。このシリーズは『ガニメデの優しい巨人』(1978)『巨人たちの星』(1981)『内なる宇宙』(1991) と書き継がれて、人気を博しました。星雲賞を三度、受賞しています。
他の受賞歴としてはプロメテウス賞を二度、受賞しています。ヒューゴーやネビュラには縁が無かったのは、隠れた反骨精神のせいかもしれません。それとこの人の小説には良くも悪しくもSFマニアの面があって、同じマニアとしてはニヤリとさせられますが、小説として完成度を高めるという観点からはいただけないことを書いてしまうところがありました。
晩年はアイルランドの西部に家を建てながら暮らしていましたが、そのひとつのきっかけは小生が翻訳させていただた REALTIME INTERRUPT 『仮想空間計画』ではなかったかと思っています。
これは大規模なヴァーチャル・リアリティ実験の中心人物のひとりが、陰謀によって自分たちが作りだしたヴァーチャル・リアリティ空間に閉じこめられ、意に反した実験をさせられる話です。この主人公がアイルランド人の優秀なソフトウエア・エンジニアで、かれはこの実験に鍵となるアイデアを提供し、これを実現してビジネス界の梯子を駆け昇ろうと努力し、表面的には一時的成功を収めます。そこで足をすくわれるわけですが、まだ成功をめざして夢中になっている彼にやはりアイルランド人のバーテンが自分の体験を語る場面があります。中年のこのバーテンは、自分がいかに社会の階梯をくだり、今の境遇におちついたかを語ります。かれはやはりIT業界で成功して一時は月収数百万ドルの地位にまで登りつめますが、その非人間的生活にあきれて、「苦労して」バーテンまで降りてきます。このあたりの話が、半分ホラであるところも含めて、実に「アイルランド的」です。
結局主人公も痛い眼を見て、「アイルランド流」の生き方に目覚めるのですが、この話のラストを書きながら、著者はそうだ、アイルランドに帰ろうと思ったのではないか、とぼくは想像するのです。
ホーガンは父親がアイルランド系で、親類がアイルランドに多かったはずで、そのことはこの『仮想空間計画』で主人公がクリスマスに合わせてハネムーンに新妻を連れて帰郷するシーンにみごとに現れています。この部分はもうアイルランドでしかありえない情景で、小生も訳していて心底楽しかったものです。むろん、これも伏線のひとつですが、おそらく著者も物語の必要以上に入れこみ、楽しんで書いただろうと思います。
近年は翻訳作業の一環として、著者が生きていれば、原文の疑問点をメールで直接訊ねることは普通になりました。そうしたメールでは重箱の隅をつつくようなことを訊ねることも多いのですが、たいていの著者は時間をさいてていねいな返事をくれます。ホーガンはその点でもいわば「もてなしの心」の持ち主で、何度も送ったメールにその都度、ユーモアもまじえながら、肌理細かい返事をくれました。
アイルランドではすぐれた作家には事欠きません。ですが、ことSFとなると、ジェイムズ・ホワイト、ボブ・ショウぐらいで、ノーザン・アイルランドにイアン・マクドナルドがブリテンから移住していますが、あとはこれといった人がみあたりません。E・E・スミスの『レンズマン』シリーズではアイルランド系が大活躍しますが、スミス自身はスコットランド系だったようです。
ですから、ホーガンがアイルランドに移住したことには喜びました。アイルランドに腰を据えて、いよいよ本格的な「アイリッシュSF」を書いてくれるのではないか、と密かに期待していたからです。
どうやらそれは夢に終わりました。いまはただ、ホーガンが無事天国に入って、先に行った家族や旧友たちと楽しくやっているのを祈るばかりです。(ゆ)
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