バート・ヤンシュが亡くなりました。現地時間10/05の朝、ロンドン北部ハムステッドのホスピスでのこと。1943年11月3日スコットランドのグラスゴー生まれですから、67年と11ヶ月の生涯でした。
    
    2009年に肺ガンが発見され、手術したものの、翌年にはニール・ヤングとアメリカ・ツアーもしています。ヤングにとってヤンシュはヒーローのひとりでした。
    
    何かと比較されるジョン・レンボーンは今年、13年ぶりのスタジオ録音をリリースし、ひょっとしてヤンシュもと期待していましたが、8月のギグが病気のためキャンセルとなりました。2006年の《THE BLACK SWAN》が生前最後のリリースでした。
    
    ヤンシュがどういう人でどんな影響を与えたかはネット上にたくさん情報があります。YouTube にもたくさん映像があがっています。ひとつだけ言えることは、かれの影響は生前にとどまらず、これからも長く拡がってゆくにちがいない、ということです。ヤンシュ・チルドレンの一人、ニック・ドレイクのように、あるいはフランク・ザッパのように、亡くなって初めてその真の大きさが、徐々に現れてくる。そういう人でありましょう。
    
    ぼくにとってヤンシュはギタリストというよりも、ソングライターであり、歌唄いでした。シンガーとして押しも押されもせぬ存在というよりは、うたとギターが一体となったそのありように、ひとつの原型を見ます。
    
    ジョン・レンボーンはどこまでもギタリスト、ギターに手足が生えた存在であり、マーティン・カーシィはどこまでもシンガー、独創的なギター伴奏を編み出した偉大な歌唄いです。バート・ヤンシュにあって、うたとギターを分けることはできません。
    
    ペンタングルはもちろん巨大な存在ですが、ヤンシュの全録音から1枚だけ選べと言われれば、ですから《HEARTBREAK》(1982) を挙げます。
    
    英国のフォーク・シーンは今年、マイク・ウォータースンに続いてバート・ヤンシュを失いました。どんな人でもいずれたどる道とは言え、1960年代、70年代に20世紀後半の文化を作った人びとが世を去るのは衝撃が大きい。ヤンシュの魂がどこかで再び音楽家として生まれかわっていることを祈ります。(ゆ)