Companion to Irish Traditional Music    COMPANION TO IRISH TRADITIONAL MUSIC, ed. by Fintan Vallely, 2nd Edition を頭から読んでゆく、そのご報告。まずは編者から。

    フィンタン・ヴァレリーさんはフルート奏者であり、研究者であり、ジャーナリストでもあります。フルート奏者としてはアルバムが3枚ある他、チュートリアルも出しています。研究者としては「21世紀アイルランドでフルートはどこに向かうか」で博士号を取得しています。ジャーナリストとしては、Irish Times、Sunday Tribune などに記事やレヴューを寄稿し、『アイルランド百科事典 The Encyclopedia of Ireland』の伝統音楽の項目を担当しています。
    
    著書としてはこれまでに、
    
01. 1998, Blooming Meadows: World of Irish Traditional Musicians, with Charlie Piggot & Nutan
    伝統音楽ミュージシャンたちの肖像
02. 2002, TOGETHER IN TIME
    アントリムのフィドラー John Kennedy についてのモノグラフ
03. 2008, Tuned Out: Traditional Music and Identity in Northern Ireland
    主にノーザン・アイルランドのプロテスタントとアイリッシュ・ミュージックとの関係をさぐったもの。
04. 2008, Sing Up!: Irish Comic Songs & Satires for Every Occasion
    諷刺歌集
05. 2011, Ben Lennon - the Tailor's Twist: Ben Lennon's Life in Traditional Irish Music
    リートリムのフィドラーの写真とかれについての文章
    
があります。

 手元には01と03がありますが、01は大判の美しい本。伝統音楽の演奏で名の知られた人びとはみな良い顔をしてます。一家に一冊本のひとつ。

 03は正面きってとりあげられるのは珍しいテーマ。ノーザン・アイルランドのプロテスタントの音楽というと、夏の「行進シーズン」でめだつ、ファイフ&ランベグ隊がまず連想されます。が、1950年代まではカトリックにまじって普通にアイリッシュ・ミュージックを演奏したりしていたのだそうです。ノーザン・アイルランドで抑圧されてきたカトリックの権利回復運動が立ち上がるのと、どうも歩調を合わせて、伝統音楽から離れてゆくらしい。カナダ人 David A Wilson の Ireland, a Bicycle and a Tin Whistle(1995、『アイルランド、自転車とブリキ笛』で邦訳あり)には、ベルファストのプロテスタント向けパブで、ミュージシャンだとわかった著者がポップスをうたえと迫られるシーンもあります。そのあたりも含めて、アイリッシュ・ミュージックとノーザン・アイルランドのプロテスタントたちの関係をさぐったもの、らしい。実はまだ積読。

    フルートは1960年代から始め、70年代、80年代はプロとしてスコットランド、英国、イングランドをツアーしていました。録音は次のもの。
    
01. 1979, IRISH TRADIITONAL MUSIC
02. 1992, THE STARRY LANE TO MONAGHAN
    with Mark Sinos (guitar)
03. 2002, BIG GUNS AND HAIRY DRUMS
    with Tim Lyons (vocal)
    
    いずれもCDで入手可能。アマゾン・ジャパンではやけに高いですが、Claddagh Records で普通に売ってます。ちなみに Claddagh で買うと、消費税分が表示価格から引かれるます。額は送料とほぼトントン。ぼくも持っていなかったので、注文しました。
    
    01はクラダのサイトの説明によると、アメリカに滞在中に録音したもので、LPとして1984年にリリースされたもの。02のマーク・サイノスもアメリカのギタリストとしてジョン・ドイルやドーナル・クランシーと肩をならべる人。かれらよりも一世代上です。01にも参加。03のティム・ライオンズ (1939-) はコーク出身のすぐれたシンガーでアコーディオン奏者。CITMに項目がありますので、そこへ来たときにあらためて。この03ではフィンタンさんは自作のうたをうたっているらしいです。いずれもクラダのサイトに詳しい説明があります。
    
    また1996年から2003年にかけて開かれた The Crossroads Conference のオーガナイザーの一人でもありました。ちなみに他のオーガナイザーはハミィ・ハミルトン、エンヤ・ヴァレリー、リズ・ドハティ。この会議からは書籍も生まれています。ぼくの手元にあるのはCrosbhealach an Cheoil - the Crossroads Conference, 1996: Tradition and Change in Irish Traditional Musicで、テーマは伝統を「守る」ことと「革新」とをどう考えるか。
    
    以上、裏表紙折り返しのソデにある編者紹介の要点。


    この表紙の絵がとても面白い。Daniel Maclise (1806-70) という人の "Snapp Apple Night" (1833) という絵の由。絵は裏表紙まで続いています。全体はこちら。カヴァーに使われているのは、このうち上4分の1ほどを切り落とした残りの部分です。

    "snap night" というのはハロウィーンのイングランドでの別名、だそうです。

    絵の右手手前、水を張った桶にリンゴが浮かんでいて、少年が手を使わずにこれをとろうとしているらしい。これが「スナップ・アップル」。上記サイトの説明では糸で吊るしたリンゴを食べる形が紹介されてます。
    
    一番右手にイルン・パイパーが座っています。ビールを飲ませてもらってます。その後ろにフィドラーとフルーティストが立ってます。さらにその上にタンバリンが見えます。ただ、このタンバリンは実際に打っているのかはわかりかねます。
    
    ミュージシャンたちの前で男女のカップルが踊ってます。こちらを向いている男性が右手に棒のようなものを掲げてます。表紙ではここに字が重なってよくわかりませんが、あるいはフルートのような楽器か。
    
    という風に見ていくと興味が尽きません。とりわけ気になるのは、左手奥の影になったところに固まっている男たちで、この絵全体がなにかの寓意を意図しているようであります。
    
    それにしても初版の表紙もイルン・パイパーの絵でしたし、アイリッシュ・ミュージックにおけるこの楽器の重要性の現れとも言えそうです。まあ、フィンタンさん自身、パイプもやるそうなので、そのせいもあるのかも。もっとも序文によれば今回楽器の中で最も力が入って、分量も多いのはハープについての記事だそうです。(ゆ)