あらためて、ご来場、ありがとうございました。ぼくは単なるヘルパーですが、それでもやはりいろいろな方が立ち寄られて、試していただくのは嬉しいものです。喜んでいただけるとなお嬉しい。

 今回は Jaben の目玉としては Biscuit でした。小さくて、ハイレゾ対応でもないし、派手な話題には欠けたかもしれません。ですが、デジタルでこそ可能なテクノロジーを注ぎこんで、音楽を楽しく聴ける安価なツールです。ハイレゾ対応の高音質プレーヤーが花盛りのご時世にこういうものを出してくるあたりが、ウィルソンおやじの端倪すべからざるところだと思います。

 Biscuit は本来はスポーツをしながら、とか、音楽だけに集中するわけではないシチュエーションでも音楽は欠かしたくないリスナー向けに造った、とおやじは言っています。そういう時にはディスプレイを見るわけではないし、頻繁に操作をするわけでもない。ですから必要最小限のミニマルな機能にする。だけど、音質では妥協せず、鳴らすべきものはきちんと鳴らす。

 実はウィルソンおやじの音に対するこだわりはかなりのもので、客の求めるものは別として、売るものは相当選んでいます。GoVibe を買ったのも、オリジナルの音が好きだったからでしょう。ですから、その後の GoVibe の展開でも、いろいろなタイプを試みてはいますが、音では一貫して一定の質を守っています。

 そのポリシーをオーディオ的にいえば、ローノイズでクリーン、色付けをせずフラットだけど暖かく、十分なパワーがある、というところでしょう。一番重視しているのはローノイズらしい。今回の祭で一番気に入ったのはマス工房のものだったようです。おやじが気に入っていたというので、俄然気になってきました。

 パワーといえば Biscuit はあのサイズにもかかわらず、並べて展示していたベイヤーの H5p のバランス仕様も余裕で鳴らせました。LCD3あたりで試してみたいところ。フジヤや e-イヤホンで試聴できたっけ。

 またミニマルな機能の故に、かえってリスニングに集中できるところもあります。iPod のおかげで、音楽を聴きながら、プログレス・バーが伸びていくのを見るのがあたりまえになってしまっていた、と、Biscuit を使って初めてわかりました。

 サイズもポイントで、その気になればヘッドフォンのヘッドバンドにマジックテープなどで付けることもできます。あんまりカッコよくはないかもしれませんが、iPod やあるいは AK100 や HM901 ではそういうマネはできんでしょう。

 もちろん欠点はいろいろあります。というより、一面から見れば欠陥だらけ。なにしろ再生の順番のコントロールができない、というのは正直ちょと困る。これはなんとかしてくれ、と何よりも強調したことではあります。例えば、PC側のファイル操作でアルバム単位あるいはミュージシャンやジャンル単位だけででもできるとありがたい。

 諸般の事情というやつで、今のところは Jaben のオンライン・ショップでお求めください。

 とまれ Bicuit は好評で、試聴された方はたいてい驚かれていました。

 今回はプレスの方も結構立ち寄ってくださいました。Barks の烏丸編集長も前回に続いて見えましたし、サンフランシスコから来たというトリオがオープン早々に来ました。このトリオは日系とヨーロッパ系の初老の男性二人に、髪を赤く染めたやはり東アジア系のお姉さんという取合せで、なかなか目立っていました。Phile-web の方も全部のブースを一つひとつ回られていたようです。e-イヤホンの岡田氏にもお眼にかかれました。秋葉原のお店に行ったことはありますが、姿はお見かけしませんでした。ただ、あの店は徹頭徹尾若者向けの造りで、あたしのような老人には長くはいづらいところがありますね。

 ブース以外の仕事があって、両日とも、午後、ブースからはずれたり、二日めの午前中は暇だったりしたので、他のところも試聴することができました。

 斜め後ろがコルグさんで、これから出るという新しい DAC/アンプを聴かせてもらいました。PCからDSDを直に鳴らすもので、まるで別世界。かぎりなく無色透明に近く、ヘッドフォンによってまるで音が違ってきます。ヘッドフォンの性格も剥き出しにします。音源の違いも出るでしょう。ある意味、恐しいハードです。音や音楽の本質をストレートに伝えてくる。一方で、夾雑物を削ぎおとして本質だけを抽出するところもあって、長く聴いているとくたびれるかな、とも思いました。アルバム1枚分くらいは聴いてみたい。

 サイズはコンパクトですが、本当はもっと小さくもできるそうで、ぼくは小さければ小さいほど良いと思いました。デジタルの強みの一つはそこでしょう。

 問題は Mac では今のところ事実上対応できないのと、音源のファイル・サイズが巨大になること。5.6MHz だと1GB で20分強というのでは、あたしの程度のライブラリを収納しようとしてもデータセンターが必要になります。

 まあ、あたしが聴きたい音源で DSD 録音はまだほとんど無いので助かってます。

 中村製作所の「パッシブ型ヘッドフォンコンディショナー AClear Porta」は、Elekit の i-Trans と同様のものかと思います。音は良くて、電源がいらないというのも魅力。ですが、円筒の形では、iPod などと一緒に持ち歩くのには不便。それを言ったら、即座に「わかってます、わかってます、事情があってその形になってるんです」という返事が返ってきましたから、その「事情」にはユーザー側の都合は入っていない、ということでしょう。それと9,800円という価格は高いと感じました。とはいえ、電池などが要らないというのは、長期的には安くなるかな。

 筋向いの Agara は100万円というヘッドフォン・アンプでした。試聴したのは PC で再生していたビートルズの〈Penny Lane〉。驚いたのは、この曲はおそろしく細かくいろいろなことを背後でやっていたこと。効果音というには手がこみすぎ、伴奏というには断片的すぎる音が、それも大量に入っているんですね。それが、いちいち耳に入ってきます。聴きとろうとしなくても自然に入ってくる。分解能が高いとか、もはやそういうレベルではない。すみずみまで見通しがきいて、しかもそれぞれが本来の位置とウエイトで聞こえる。凄いとしか言いようがない代物です。

 ですが、ではそのリスニングが楽しいか、と言われると、ちょっとためらいます。細部があまりに多すぎて、肝心のポールのヴォーカルが薄れてしまうのです。うたがうたとして聞こえない。細部の集合に聞こえてしまう。それぞれの細部は生きていても、全体は有機体として響いてこないのです。音はすばらしいが音楽ではない、というと言い過ぎかもしれませんが、そう言いたくなる。たとえば、ほぼ完璧に相手打線を抑えこむのだが、いつも1対0で負けるピッチャー。あるいはどんな場面でボールを受けても確実にゴール前まで持ちこむが、シュートは必ず外すフォワード。

 もちろん1曲だけの試聴では本当の全体像は見えないでしょう。そういう意味ではああいうイベントは、こういうのもあります、ということを示すためのものなのでしょう。実力は別の機会に、あるいは半年ぐらいかけて、いろいろなタイプの音楽、ハードとの組合せで聴いて初めてわかるものかもしれません。

 面白かったのはハイ・リゾリューションが出していた Focusrite の、それもメインの Forte ではなく、VRM BOX。ほんとうに掌にのせられるサイズながら、ソフトウェアとの組合せで、いろいろなタイプのスピーカーやシチュエーションの音をシミュレートするもの。本来はスタジオでエンジニアが使う機能なのでしょうが、これがなんとも楽しい。同じ音源が、いろいろな音に変わるのです。当のハードを買わなくてもシミュレーションでここまでできてしまう。デジタルの醍醐味ここにあり。むろん、DAC でもあって、すっぴんの音も立派。5,000円でこれだけ遊べるのは安い。

 Scarlett 2i4 は調子が悪くて聴けなかったのは残念。

 ゼンハイザーの発表会のために来日していた技術部門の責任者へのインタヴューに立ち合う機会があったんですが、IE800 はあまりの人気に試聴のチャンスはありませんでした。ただ、マスキング効果の対策を施したというところはたいへん興味深く、どこかで聴いてみたいです。というのも、やはりマスキング効果に注目して対策を施した音茶楽の Flat4粋を愛用していて、大のお気に入りであるからです。

 インタヴューの後で音茶楽のことを伝えたら興味を惹かれたらしく、後で音茶楽のブースに行かれて試聴し、たいへん感心していたそうです。技術は違うが目的は同じなので、音茶楽の山岸さんもゼンハイザーが入ってきたことで喜んでおられました。

 ゼンハイザーの方はやはりお好きなのでしょう、会場をひとまわりして熱心に試聴していました。ぼくは不在でしたが、Jaben のブースでは Porta Tube+ がえらく気に入ったそうで、ウィルソンおやじは最後に展示品をかれに贈呈していました。

 音茶楽の新製品 Flat4楓も試聴させていただきました。ヴォーカルや弦のなめらかさに一段と磨きがかかって、なんというか、吸いつくような感じはちょっとたまりません。ただ、粋もまだエージングが十分ではないし、今はあのカネは用意できないので、涙を飲んで見送り。まあ、粋でも滑らかさはハンパではありません。その意味では、IE800 や Ultrasone IQ の価格をみても、粋はほんとうに安い、お買い得だと思います。

 その IQ は試聴できました。Ultrasone は 2500 と iCans を入手して使っていましたが、今ひとつ合わなくて、結局どちらも売ってしまいました。けれど、IQ は良いと思います。すなおな中にもはなやかさがあって、ずっと聴いていたくなります。また、遮蔽性が高いにもかかわらず、耳の中で存在を主張しません。その点では ACS のものがこれまで一番でしたが、IQ は入っていることを忘れられます。また、社長が強調していたように、外に筐体が出っ張らず、入れたまま枕に頭を付けても邪魔にならないのもうれしい。

 ウィルソンおやじは月曜に来日して、あれこれ商談をしていて、ヘッドフォン祭は今回の来日の仕上げみたいなもの。直前には RMAF にも行き、この後は韓国、バンコックを経て帰るので、まだ途中でしょう。店舗も20を超えて、本人は、悪夢だ、と嬉しい悲鳴というところ。製品開発の方面でも、いくつか面白そうなプロジェクトがあり、次回の祭にはいくらか紹介されるのではと期待しています。

 今回は RudiStor の Rudi さんは来られませんでした。ヘッドフォンの新作 Chroma MD2 は聴いてみたかったんですが残念。ブースでご質問もありましたが、RudiStor の製品は公式サイトのオンライン・ショップで購入可能です。クレジットカードも使えます。価格は送料込みです。FedEx で送られますから、1週間ぐらいで着くでしょう。

 今回は初めてスタッフのパスをもらえるというので、開場前に会場入りしました。9時半頃でしたが、もうお客さんが並んでいました。

 お客さんでめだったのは子連れが多かったことです。これまでのヘッドフォン祭では見た覚えがありません。今回、いきなりどっと来た感じ。当然、迷子もありましたし、眠ってしまった子どもをかかえて階段に座りこんでいるお母さんもいました。次回からはこの辺の対策も必要ではと拝察します。女性だけのお客さんもさらに増えていて、そのうち臨時保育所も設けなければならなくなるかも。

 これも含めて、マニアではない、一般のお客さんも確実に増えて、客層は広がっています。

 ただ、こういう爆発的な拡大は、一方で怖い側面もあります。デジタル時代の性格の一つとして、ドーンと爆発してあっという間に消えるというのがあります。たとえば任天堂の Wii の失速などはその典型です。イヤフォンも含めたヘッドフォンとその周辺機器の世界はまだまだ規模が小さいですし、ゲーム機器よりは客層が多様でしょうから、ああいう悲惨なことにはならないような気もしますが、安心はできません。調子の良い時ほど、地道にヘッドフォンならではの魅力を伝えることに精を出すべきでしょう。メーカーやディストリビューターは、地に足のついた製品を供給することに意を用いていただきたい。

 とまれ、実に刺戟の多い、楽しい二日間でした。刺戟が多すぎてくたびれもしました。個人的には、これを受ける形で、もう少しおちついた環境で、腰を据えてあれこれ試聴した上で購入できる場が欲しいところです。今のところ、その点ではダイナミック・オーディオ5555でしょうか。(ゆ)