伝統音楽、それも異邦の伝統音楽に惚れこみ、これを演奏することに生き甲斐を見つけてしまった人間にとって、その「本場」に行くことは小さなことではない。

 時には本場の伝統に視野を覆いつくされてしまう。それも、伝統の全体ではなく、ごく一部が大きく拡大して、他の部分が隠されてしまう。その衝撃が大きすぎると、他の部分の価値を否定したり、マイナスに評価したりするようにさえなる例もある。

 ドレクスキップはうまく距離をとっている。ヴェーセンのコピーから出発したとしても、バンドとして姿を現したときにはすでに独自のスタイルと語彙を備えていた。それだけ惚れこみ方がハンパではなかった、ということだろう。眼に映る表面だけではなく、本質に手を伸ばしていたからではないか。本場の人びとに歓迎されたのも、それ故にちがいない。

 もうひとつ、異邦の伝統音楽に惚れこんでいる自分たちを、より大きなコンテクストの中に置いて眺めることができているからでもあるだろう。異邦の伝統音楽を楽しんでいる自分たちを眺めて楽しんでいる、というけしきだ。

 だから、本場に行っても眼が眩むことも、のぼせあがることもなく、一種クールな態度で体験できたと推測する。

 得たものを一言で言えば「自信」になるだろう。対等の地点に立つことができた、という自信だ。

 異文化とのこういう接し方は、やはり新しいものと思う。ぼくらこの国の人間は異文化と接するにも、仲間内の上下関係をあてはめようとしてきた。海のむこうのものは、圧倒的にすぐれたものか、さもなければ限りなく劣ったものとみなしてきた。対等というとらえ方をしなかった。あるいはできなかった。それは「鎖国」のもたらしたものであり、だから「鎖国」は「日本の悲劇」なのだ、とも言えるかもしれない。だとしても、もうそろそろ、過去の束縛から自らを解放してもいいではないか。過去の束縛にしがみつくことでは結局「安心」は得られないのだから。ほんとうの「安心」を手にいれたいのなら、自分とは違う存在がいることを認め、おたがいの違いはそのままにこれと対等につきあうしかない。どんなに同じにしようとしても、同じになったと思いこんでも、金子みすゞの詩にあるように、二人と同じ人間はこの世にいないのだ。

 「本場」を経験して「自信」を得た点では、先日のハモニカクリームズも同じだ。

 こうした人びとが出現していることを、ぼくはまず何よりも言祝ぎたい。かれらが聴かせてくれる音楽のすばらしさを言祝ぎたい。

 アイリッシュ・ミュージックは螺旋型の音楽だ。くるくると回りながら、しかし同じ繰り返しではなく、少しずつ変わってゆく。人の歩みに沿った音楽なのだ。ヨーロッパの伝統的ダンス・チューンは、たいていがやはり螺旋型の音楽だ。同じような繰り返しに見えて、実はそれぞれが違う。

 ヨーロッパの伝統音楽にかぎらず、音楽は基本的に繰り返しだ。繰り返しは同じ地点におりたつから楽しいのではない。いつも少しずつ違うから楽しいのだ。機械のように、まったく同じ繰り返しをすることは人間にはできない。強制されて同じ繰り返しをさせられれば、人間ではいられなくなる。だからこそ人間であることは楽しい。正確に繰り返すことができないからこそ、楽しい。まちがうからこそ楽しい。まちがうからこそ、自信が生まれる。正しいことをいくらくり返しても、自信にはならない。

 一番面白かったのは、『ファイナル・ファンタジー』の音楽のアレンジだった。今年、ゲームのスタートから25周年になるのを記念して出たトリビュート・アルバムに参加してつくったものという。打楽器の渡辺さんは『5』が青春真只中だったという。フルートの豊田さんは『3』に思い入れがあると言っていた。ぼくらの世代にとってはテレビ・アニメの主題歌に相当するものなのだろう。そういう音楽を自分の手でアレンジして世に問えることは、いわばミュージシャン冥利ということではないかと思う。酔っ払ってカラオケでがなるのとは違う。

 面白いと思ったのは、これがりっぱにドレクスキップの音楽になっていたことだ。他人の作品といえば、ノルディックの伝統音楽からしてそうにちがいない。とはいえ、やはり勝手が違ったらしく、ドレクスキップ本来の筋からはズレている。そこがまたよいのだ。ドレクスキップがもともと持っていたものが、外部からの刺戟に反応して現れていた。この方向は意外なものでもあり、そのことがさらに魅力を増す。野間さんや渡辺さんが出した録音を聴いても、かれらの音楽がノルディック一辺倒であるはずはない。それはあくまでもひとつの側面であって、核心にはより多様な展開が可能な原石がある。ノルディックを土台にしながら、多様な音楽へと展開できるだけのものを、この4人は持っている。この方向への進展も大いに期待する。

 ライヴとしての演出や、観客ののせ方にも工夫があり、ひとまわりもふたまわりも大きくなっていたし、PAも良かった。そういえば、ハモニカクリームズの『マンダラ2』も音が良かった。このチェーンの店はどこも悪くなかったが、今回の二つはことに良く聞こえた。

 そのハモニカクリームズの清野さんも見えていた。この二つのバンドの共演も見てみたい。(ゆ)