大嵐になった今月13日木曜日の夜、下北沢の本屋兼カフェで開かれた栩木伸明さんの講演会に行った。栩木さんが昨年みすず書房から上梓された『アイルランドモノ語り』で読売文学賞を受賞された、そのお祝いの会である。先輩受賞者である管啓次郎氏がホスト役。 お二人の対談形式かと思っていたら、前半、栩木さんの語り、後半、菅氏からの投げかけに栩木さんが応える形。最後に管氏が聴衆からの質問を誘い、二人が質問をし、栩木さんが応えた。

 一番の収獲は、本の冒頭に出てくる「ヘンズ・ネスト」の実物を手にとれたこと。栩木さんがミュージアムのショップで買われた小型のレプリカではあるが、サイズ以外は「ホンモノ」だ。「ホコリっぽくツンとくる匂い」も嗅ぐことができた。

 それからトーリー島のキングの描いた絵。本の52頁に載っている「大西洋上のトーリー」の実物。絵はどんなに詳細で鮮明なものでも、写真で見ただけでは一番肝心なものが顕れない。見えない。たとえばの話、実際のサイズで、この絵は思いのほか、小さかった。iPad の一回り大きいくらいだろうか。そして、確かに妙に惹きこまれる。美しいとか、迫力があるとか、あるいは深い意味があるとかいうのではないかもしれないが、いつまでも見ていたくなる。そして見ているうちに、胸の奥がおちついてくる。こういう絵なら、手許に置いて、ときどき眺めたい。といっても、こればかりは現地に行かなければ買えないのだろう。また、このネット時代に、わざわざそこに行かなければ手に入らない、というのもひとつの価値だ。

 トーリー島に行くのは結構たいへんです、と栩木さんが言う。船酔いは覚悟しろ、ともおっしゃる。もっとも船酔いは、どくとるマンボウのように、生まれつきか、かからない人もいるし、どんなに船に弱い人でも、繰り返し乗っていればだんだん強くなるというから、何度も通えばいずれ平気になるだろう。それよりも、島に渡る船が出るところまで行くのがまずたいへんらしい。

 お薦めはどこですか、という聴衆からの質問に、トーリー島が一番と応えられていたから、これから島へ行く日本人は増えるだろう。住みつく人もいるかもしれない。アラン島だって、地元の人と結婚して住んでいる日本人がいるのだ。

 ただし、離島の生活が楽ではないのは、James MacIntyre の THREE MEN ON AN ISLAND を読んでもわかる。冬の嵐が続いて船が来られなくなり、食料がなくなって寝ているしかなくなることもあるのだ。ブラスケット島が無人になったのも、そういうことが度重なったためだ。ちなみにこの本は、アイルランドの西端の孤島にひと夏過ごした3人の、こちらは職業画家の記録である。1951年のことだ。すてきなスケッチと水彩画にあふれた瀟洒な本で、ニワトリもちゃんと出てくる。

Three Men on an Island
James Macintyre
Blackstaff Pr
1996-01-01



 ブラスケット島の住民が集まったのが、アメリカはマサチューセッツ州スプリングフィールドで、ここはアイルランド国外のゲールタハトの様相を示した、というのは今回栩木さんのお話で初めて知った。

 もう一つの収獲はキアラン・カースンの『琥珀捕り』について、アイリッシュ・ミュージックのダンス・チューンと同じ構造だ、との指摘。韻文でこれをやるのはわかるし、実例も多いと思うけれど、散文でやるのは思いいたらなかった。そういう視点から再読してみよう。実のところ、ひどく面白いのだが、なんとなくコツコツ当たるところがあって、見事な作物であることは確かで、不満はなにもないのに、諸手を挙げて絶賛する気にどうしてもなれなかった。どうも散文となると「筋」をなぞろうとしてしまうらしい。筋の展開がリニアではなく、サイクルであることに気がつかなかった。なるほど、そうして読んでみると、シェーマが変わるかもしれない。

 栩木さんのお話がもっぱら本のはじめの方に集っていたのはやむをえないところだろう。うしろの方の、「岬めぐり」の章のお話など、あらためて聞けるチャンスがあると嬉しい。

 開演前の会場にはアルタンが流れ、お話の中でもかけたりもしていた。管氏も、いいですね、ぼくもアイリッシュ・ミュージックは大好き、と言われていたあたり、あらためてアイリッシュ・ミュージックもあたりまえの存在になったものよのう、との思いを新たにする。アイリッシュ・ミュージックを出すと、これはアイルランドの伝統音楽でありまして、なんて説明というか言い訳というか、そういうものをやらねばならない、ということがなくなったのは、やはり素朴に嬉しく、ありがたい。

 栩木さんは読売文学賞受賞によって、自分が書き手として日本語の活動に貢献したと認められたことが嬉しいとおっしゃる。それを否定するつもりは毛頭ないが、一方で栩木さんは翻訳家としてりっぱな仕事をされてきているわけで、それもまた日本語への貢献に他ならないことも、指摘するのもおこがましいが、言わせてもらいたい。明治以降の、いわゆる口語という文章語の形成展開に翻訳の果たしてきた役割はむしろ大きい。単語だけでなく、構文や、さらには思考方法や、感じ方にいたるまで、翻訳によって日本語は鍛えられてきた。英語というワンクッションをはさんではあるけれど、そこにアイルランドという新たな要素を加えたのは栩木さんの功績のひとつでもあるはずだ。イェイツのなかのアイルランド性は、本を読んでいただけではわからなかった、と栩木さんは言われるが、それはたぶん栩木さんだけではなく、かつてのわが国「英文学」の趨勢ではなかったか。音楽の勃興によって、アイルランド自体の見方も変わった、そのことによってアイルランド性の捉え方も変わったのではないか。

 先日も古い資料をひさしぶりに見ていたら、「二流のイギリスとしてのアイルランド」なんて言葉が恥ずかしげもなく使われているのに、覚えずして顔がほてった。そう書いたのは自分ではないにしても、その表現に疑問を感じないどころか、うんうんとうなずいていたことは確かだったからだ。この四半世紀で、アイルランドのイメージは、180度というも愚か、まったくの次元の別な物になってしまった。天動説から地動説への転換にも相当しよう。その地点から見れば、かつては「英」文学の一部であったアイルランドの文芸もまた別物となるだろう。

 もちろん、翻訳家だけでなく、書き手としての栩木さんにはもっともっと書いていただきたい。ティム・ロビンソンの『アラン島』二部作、『コネマラ』三部作はたしかに圧倒的だけど、栩木さんなら、また別のアプローチであれに肩をならべる文章を書いてくれるのではないかと期待する。そしてそれはまた、アイルランド人には書けないものであるだろう。イングランド人ロビンソンの作物がアイルランドのネイティヴには書けなかったように。

 『アイルランドモノ語り』は、昨年読んだ本の中では一番の収獲だった。というより、人生でもこれだけの本に出会うことは、そんなに何度もない、と思われた。この本は、最初の章を読んだとき、一日一章と決めて、読んでいった。一気に読んでしまうのがもったいなかったからだ。お話をうかがって、あらためてまた一章ずつ読みはじめた。今度は毎日一章ではない。一週間に一章、ぐらいのペースだ。時には他の本やネットに脱線しながら、ゆっくりと読んでいる。そう、この本に欠陥があるとすれば、それは索引が無いことである。無ければ作ればいい。というわけで、自分で索引を作りながら、読んでいる。

 もう1冊、読みだしたのが Fintan O’Toole の A HISTORY OF IRELAND IN 100 OBJECTS。栩木さんの本とほぼ同時に出たのを、例によって積読してあった。タイトル通り、100個のモノをダシにして、アイルランドの島に人間があらわれてから21世紀までの歴史を語る試み。栩木さんの語るモノがきわめてパーソナルな性格を帯びるのに対し、こちらは良くも悪しくも公的な、パブリックなモノがならぶ。それはそれで面白く、オトゥールの文章も、ある時は掘り下げ、ある時は大きく拡がり、縦横に語って、この島に展開されてきたドラマをぐいぐい描きだす。実物がどこで見られるかの案内もついていて、その気になればツアーできるようにも作られている。

A History of Ireland in 100 Objects
Fintan O'Toole
Royal Irish Academy
2013-03-12



 遅まきながら、栩木さん、読売文学賞受賞、おめでとうございます。(ゆ)

アイルランドモノ語り
栩木 伸明
みすず書房
2013-04-20