「野」=野口明生、「ト」=トシバウロン、「花」=中藤有花のトリオの、これが二度目のライヴだそうな。土曜日の午後、梅雨のはずだが、うらうらと晴れて、少し風もあってそれほど暑くない。近くの公園では子どもたちがサッカーをし、おばさんが犬を散歩させ、ご老人が孫につきあってやってきてベンチで憩っている。なぜか鳩が3羽、地べたをうろうろしている。雌を雄が後ろから追いかけるとするすると逃げる。が、遠く離れることもない。成瀬駅前のコーヒーハウス「イマジン」は街路に向けて大きく1枚窓が開いて、街路樹の欅の緑が気持ちよい。それを背にミュージシャンたちがすわるので、耳と同時に眼にも新鮮。

 野口さんが向って右端に置かれたアップライト・ピアノとイルン・パイプその他笛類、トシさんがバゥロンと珍しくもブズーキ、中藤さんはフィドルとコンサティーナ。こういう編成はたぶん世界で初めてであろう。ピアノはギター以上にアイリッシュ・ミュージックにとっては異端の存在だ。マイケル・コールマンの昔から録音ではおなじみだが、アイリッシュ・ミュージックにすっかり溶けこんでいるとはお世辞にも言い難い。ミホール・オ・スーラウォーンやポゥドリク・オライリーの音楽はもちろんすばらしいが、教師としてはともかく、演奏家としては孤立した存在のように見える。アンサンブルの中に入ることがあるのだろうか。そうそう、故デレク・ベルがいるが、ラグタイムのソロはともかく、チーフテンズの中では特にめだった演奏をしていた記憶はない。従来のブンチャ、ブンチャだったように思う。

 野口さんのピアノはまさに革新的、画期的だと思う。ジョンジョンフェスティバルのライヴにゲストで出た折りにも感心したが、今回は主役と、ぼくには聞こえた。ダンス・チューンでの役割としては伴奏であって、主旋律はあくまでもフィドルだけど、想像力豊かに、ダイナミックに、鍵盤一杯に使って、時には意表をつくコードを繰り出し、また時にはメロディも鮮やかに弾きこなし、聞き慣れた曲が立体的に立ち上がってくる。斬新というのはこういうことだ。ギターやブズーキによる伴奏によって、アイリッシュ・ミュージックはより多彩で多様な表現の幅を獲得してきた。野口さんのピアノはその意味でドーナル・ラニィのブズーキに相当しよう。これからの発展が実に楽しみ。

 野口さんのパイプもまた相当なもので、とりわけレギュレイターの使い方は面白い。主役としてほとんどチャンターを食ってしまうところもあった。小さなアンサンブルの中で、他の旋律楽器のためにドローンやレギュレイターだけを使うのは誰かがやっていたと思うが、ぼくの狭い経験ではチャンターのメロディと対等な、こういうレギュレイターは聴いた覚えがない。

 この日の「発見」はこの野口さんがパイプの時にサポートで入ったギターの安宅浩司さん。普段はアイリッシュ・ミュージックをされたことはないそうだが、なんというか、センスが良い。例えば城田じゅんじさんやジョン・ドイルのように巧妙に「煽る」のとは違うが、単純にしっかり支えてますというのでもなく、一種の「軽み」を加えて全体がふわと浮きあがるような演奏をする。弦をはじくよりさするようにして「キュッ、キュッ」という音をたててトシさんのバゥロンと張り合ったのも楽しかった。いつもはギター・ソロで弾いているというオリジナルを全員で演奏したのも良かった。これはもっと練りこんだのを聴いてみたい。

 一方、ちょっと驚いたのは中藤さんのフィドルで、生は昨年、リンカが来たときに共演した時以来だが、こんなに上手だったっけ。いや、上手くなったというより、深くなった観がある。あえて言えばそのリンカの小松崎さんのフィドルに近くなった。妙な言い方かもしれないが、とても「アイルランド的」なのだ。野口さんのピアノやパイプが、いわばアイルランド的な枠からとび出しているせいもあったかもしれない。しかもそれが個性になっている。

 なんとまあ、今の日本の女性フィドラーたちのレベルの高さには呆れるばかりだ。

 トシさんのバゥロンも着実に進化を続けていて頼もしい。バゥロン奏者にもいろいろなタイプがあるが、トシさんは「うたう」方だ。バゥロンの可能性の限界を拡大するのと、その限界の内部の探索と両方を楽しんでいるようにみえる。アイリッシュ以外の音楽への参加が刺激にも肥やしにもなっているのだろう。

 ライヴというと夜が多いが、こういう昼間のライヴもよいものだ。いい気持ちになって外へ出てもまだ明るい。ふらふらと散歩しながら帰るのもまた楽しからずや。


 会場で拾ったチラシのライヴも面白そうだ。を、鎌倉はまた昼間だ。散歩にいきますか。

☆nabana たなばたライブ
07/07(日)13:30 open/ 14:00 start
cafe & lounge kikuichi
2,000円(1ドリンク付き)

中藤有花:fiddle, concertina
梅田千晶:harp
須貝知世:flute

おかもとちか:vocal, bodhran

問合せ: namaume@live.jp


☆maruchan でのライヴ
07/23(水)18:30 open/ 19:30 start
maruchan
北区田端4-3-3 マルイケハウス203
1,500円(ドリンク別)

須貝知世:flute, whistle
小松優衣子:concertina
中藤有花:fiddle
長尾晃司:guitar

問合せ: plusonecolor@gmail.com