今週末はライヴ三昧。3日連続で同じ人のライヴに通うのは、何年か前、Lau のライヴに4日間通って以来だと思う。ラウーはメンツが変わらないが、今回は毎日、ヒロイン以外のメンツが変わり、やる音楽もがらりと変わる。会場の横濱エアジンのマスター、うめもとさん夫妻が用意された打ち上げ用の食材と同じく、和食、洋食、中華、それに無国籍まで揃えた、美味しい料理の宴会を3日間楽しませていただいた。
この3日の間に35歳の誕生日を迎えたと今年から年齡を公開したユカポンを初めて見たのは、3日目のバンド、シズさん主宰のシニフィアン・シニフィエのライヴだった。たしか、渋谷の公園通りクラシックスだったと思う。ドラム・キットではなく、多彩な「鳴物」を駆使し、難しい要求を明るく軽々とこなしている若いチャーミングな女性の姿にまず目を瞠された。
シニフィアン・シニフィエの次はやはりシズさんが主宰した昨年末のエアジン年末最後のライヴの臨時ユニットの時だった。この時はシズさんのライヴでの恒例で録音をさせていただくため、リハーサルから参加したのだが、やはり明るい調子で他のメンバーを盛りあげるところ、なかなか器も大きいのではないかと思われた。
この臨時ユニットはプリエとなって続けられることになり、二度めのライヴがやはりエアジンであった時、今回の 3 Days の発表を聞いて、こりゃ行かねばなるまいとスケジュールに組み込んだ。期待は裏切られず、ライヴの楽しさを満喫させていただいた。アイリッシュもそうだが、今のわが国の若い音楽家の皆さんはすばらしい。真剣に、しかも楽しんで、それはそれは質の高い音楽をやっている。
ジャンルとしてはジャズということになるのだろうが、ジャズと書くよりじゃずと書く方が適切に思える。あらゆるジャンルを呑みこむ自由度と可塑性の高い形態としてのじゃずだ。
初日6月11日はこの日のための特別セッションとのことで、黒田京子(ピアノ)、田嶋真佐雄(コントラバス)、荻野やすよし(ギター)の諸氏とのカルテット。黒田氏以外は録音でも聴いたことがない。田嶋氏の楽器は弦が4本とも剥き出しのガットという、「世界でも類例がない」ものの由。なるほど、響きがとても深い。とりわけアルコの艷気は「恋におちる」というユカポンの表現が納得できる。荻野氏もガット・ギターで、ギターというのはこうも繊細になれるのかと感嘆する。先日の村上淳志氏のアイリッシュ・ハープを思い出す。心なし、外観も似ている。というよりも、かもしだす雰囲気が似ている。自分では曲は書きません、というユカポン以外の3人のオリジナルのこのユニットによる演奏は、現代音楽の極北をめざす。テーマの提示から即興に展開する点ではジャズと呼ぶべきだろうが、ここでの遊び、「エンタテインメント」のレベルは次元が別ではある。シリアスというより切実だ。持続音が無いこともあいまって、聴くのにも相応の準備と構えを求められる。うっかりすると本のページで指を切るように、しかしもっと深く刻みこまれそうだ。そこにユカポンが入るととても楽しくなる。性格はそのままに、態度が変わる。打楽器というのは使い方によっては、クリティカルになる。
かなりなまでに張りつめた空気が一変したのはアンコール。まだ独身のユカポンに王子様が来るように、"Someday My Prince Will Come" をやったところへ、「楽器をもって」お祝いに駆けつけたミュージシャンたちが飛び入り参加する。谷川賢作さんが黒田氏と連弾し、熊坂路得子さんは谷川さんが持ってきたピアニカを吹きまくり、もう1人若いギタリスト(お名前を失念)がエレキ・ギターで参戦。いやもうそれは楽しく、これなら石油王の王子様が1ダースくらい駆けつけるだろうと思われた。
2日目のプリエは個人的に一番楽しみにしていた。シズさんの一連のプロジェクトでは一番好きで、その理由はヴォーカルが入っているからでもある。松岡恭子さんのうたは線はあまり太いほうではないが粘着力があり、消えいりそうでしぶとく延びる。あまり他では聴いた覚えがないタイプだ。ちょっと聴くとどこにでもあるような感じだが、慣れてくるといつまでも聴いていたくなる。サックスのかみむら泰一さんが加わるカルテットという形も、他ではあまり聴いた覚えがない。あくまでも柔かいうたと、トンガリまくるサックスとピアノとパーカッションによる即興という対照の妙がいつ聴いても新鮮だ。〈サマータイム〉のようなスタンダード、〈シェナンドー〉のようなトラディショナル、シズさんのオリジナルなどどれも聴かせるが、今回はかみむらさんが選んだブラジルの古いショーロの曲がいい。なるほど、このユニットはこういうことをやっても面白いのだと新たな可能性を見せてくれた。こうなると、日本の伝統音楽、たとえば平曲や謡とかも聴いてみたくなる。松岡さんの声にはセファルディムのうたも合いそうだ。それにしてもアンコールの〈蘇州夜曲〉は良かった。〈昔のあなた〉はどうだろう。
3日目、シニフィアン・シニフィエは前回は〈マタイ受難曲〉で、聴いている方は至福だったが、演る方はヘトヘトになっていた。とはいえ、それはユニット全体のレベルを上げたようで、今回は1枚も2枚も皮が剥けている。クラシックの作品をカヴァーする、というのではこのユニットのやっていることの半分もカヴァーできない。ここではまず作曲家による演奏編成は無視される。クラシックにおける作曲家の専制が転覆されるだけでも相当に楽しいが、それに加えてメンバーによるソロが展開される。シズさんはサポートに徹するが、フロントの3人だけでなく、ベースも、そしてついに今回はユカポンのソロも登場した。この部分はまずジャズと呼んでいい。スタンダードの対象が大幅に拡大されたものと言えなくもないが、テーマというか原曲の性格の違いはおそろしい。ジャズのスタンダード曲の場合は、多少の距離はあってもジャズの親戚ではある。それがショスタコービッチやバッハやプーランクとなると、いわばロマン派の風景画の真只中に抽象画を描きこむようなものだ。『スターウォーズ』の映画の一部、起承転結の転の部分をキューブリックにまかせたらこうもなろうか。しかも、ミュージシャンたちが、そうした実験、遊びを楽しみだした。〈マタイ〉を乗り越えて、一段上のレベルに登り、自分たちのやっていることが客観的に見えるようになったらしい。余裕ができ、遊べるようになった。テーマの部分と即興の部分は落差が大きくなるのだが、しかし違和感が不思議なほどない。ごく自然に片方から片方へ移行し、またもどる。即興によって原曲の美しさがさらに引き立つ。曲そのものの美しさが、異なる編成とアプローチによって浮き上がる。
加えて今回はもう1人、サックスの加藤里志氏が参加したのがハイライト。曲はジョン・ケージの〈〉で、聴いているだけでも難曲だとわかるが、ケージの音楽のユーモアがどんぴしゃの度合いでにじみ出る。ケージのユーモアはかなりひねくれていると思うが、そのひねくれ方がぴたりと一致している。その後にやった〈マタイ〉のコラールが、前回に輪をかけて良かったのも霞むほどだった。加藤さんはシズさんがやっている「夜の音楽」にも参加している由で、やはりあれも見なくてはならない。
ユカポンのマリンバのソロはみごとなもので、彼女が主宰するバンドはマリンバを2台フィーチュアしている由だから、これはぜひ見に行かねばならない。打楽器は鳴物やドラム・キットに限定されるものではないのだとあらためて納得。
ユカポンとしては本領はマリンバなのかもしれないが、この3日間は特別製というカホンが大活躍していた。中に張ってあるギター弦は普通は4本なのだが、彼女のは8本ある。さらに前面だけでなく、両側面も叩けるようになっている。今回はもう一つ、秘密兵器が登場した。大太鼓、グラン・カッサだ。その威力は文字通り巨大で、「重低音」のようなまやかしではない、ホンモノの低音を叩き出す。音というより下から伝わってくる振動だ。室内の空気が全体として震える。ただ、あまりに大きいので、その裏にあたる席にすわると、ユカポンの姿はまったく見えなくなった。
プリエやシニフィアン・シニフィエはシズさんがバンマスということで、これまでのライヴではユカポンはどこか遠慮していた部分があった。と、今回の演奏を見るとわかる。遠慮というか、バンマスの指示に遅れないでついてゆくことに専念していたというべきか。今回は自分の3日間という自覚があったのだろう、アンサンブルに積極的にからんでいた。堂々たるマリンバ・ソロはその最たるものだが、それだけではなく、いたるところで全体を浮揚させ、推進し、煽っていた。初日のユニットは別として、プリエもシニフィアン・シニフィエも、明かに一段階段を上がった演奏を展開していたことは確かで、それにはユカポンの成長がかなり大きく寄与していると思える。
ユカポンも含め、この3日間で登場した十数人のミュージシャンのほとんどはとても若い。シズさん、水谷浩章氏、黒田京子氏を除けば、みな30代からそれ以下だろう。その人たちが演っている音楽の質と志の高さはには圧倒されっぱなしだった。それだけではなく、みんな音楽を楽しんでいる。音楽をやることが、やれることが嬉しくてしかたがない。その点はアイリッシュの人たちと少しも変わらない。この中でアイリッシュと多少とも縁があるのは大石俊太郎、壷井彰久の両氏だけだが、チャンスがあれば、皆さん、進んでアイリッシュをはじめとするルーツ方面も演られるのではないか。いい音楽、おもしろい音楽と思えれば、こだわりなく、どんどん演ってくれそうだ。ユカポンがバゥロンを叩いている姿を想像するのも楽しい。
ジャズをベースにしているこういう人たち、若くすぐれたミュージシャンたちはまだまだたくさんいるようだ。たとえばプリエを見にきていたヴァイオリンの西田けんたろう氏がベースの田嶋真佐雄氏、ギターの福島久雄氏と作っている Tango Triciclo も面白そうだ。もうたいして時間も残されていないし、カネはあいかわらず無いが、できるかぎり追いかけたくなってきた。(ゆ)
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