なんとも面白い講演だった。日本におけるラテン音楽の吸収、といえば、歴史的には安土・桃山時代に南蛮文化の一環として入ってきたものが最初のはずだが、その痕跡は残らなかった。音源として残っているのは昭和初期のSP音源が最古の由。当時、アメリカ、ヨーロッパではやっていたラテン音楽を一早く模倣・移入したもの。当時はやっていたものを一早く模倣・移入するというこの姿勢はその後20世紀を通じて一環している。マンボ、チャチャチャ、そしてついにはドドンパという日本独自のものまで生まれる。
戦前の音源もおもしろかったが、思わず姿勢を正したのは戦後に入ってからだ。後藤さんは全部リアルタイムで聞いて、ご母堂や自分もうたっていたとおっしゃるが、ぼくも昨日かかったヴァージョンそのままではなくても聞いていた曲が次々に出てくる。確かにこうして聞かされればラテンとわかるが、当時はもちろんそんな認識はない。最初に聞いたラテンはたぶん『狼少年ケン』の主題歌だ。『冒険ガボテン島』もあった。
そうして昭和の歌謡曲を作ってきたものの、小さくない部分がラテン音楽だとよくわかる。なにも言われずに聞けば、ムード歌謡、演歌にしか聞こえないうたまで出されると、歌謡曲って実は雑種、混淆音楽であることが見えてくる。岡本さんによれば、こんにちの意味での演歌なる呼称はそんなに古くない。1960年代後半に始まるのではないか。
そうしたラテンの要素が1970年代に入るとさっぱりと消える。断絶が起きる。そして1980年代に入ったとたん、オルケスタ・デ・ラ・ルスが颯爽と登場する。そのルーツは1976年のファニア・オールスターズの来日になる。これはいわばわが国サッカーにおけるメキシコ・オリンピックの銅メダルのようなものだろう。まったく新しい世代がラテン音楽をやりだした。さらには沖縄のディアマンテスのような存在まで出現する。流行しているからというよりも、単純にかっこいい、楽しいということでやりだす。このあたりはアイリッシュ・ミュージックとも共通する。
今回はタンゴがない。フラメンコもない。そちらは戦前からの長い歴史をもち、独自の展開をとげてきていて、今回の文脈からははずれるわけだ。後藤さんによればジャズ喫茶の前にタンゴ喫茶なるものがあったそうだ。そちらはそちらで、また別に企画されるようなので、これは楽しみだ。いーぐるのシステムでカマロンが聞けるぞ。
それにしてもこういう文脈で聴く歌謡曲はなかなかすごい。美空ひばりは多少心組みもあったが、郷ひろみとか中森明菜とか、シンガーとして見直した。本田美奈子はラテンをうたっていなかったかな。トニー谷と共演している宮城まり子というのも他にあれば聞いてみたい。先日夢中で読んだ堀井六郎の昭和歌謡の本もあらためてこの角度から読みなおしてみたくなる。歌謡曲というスタイルまたはジャンルは、どうしても好きになれなかったが、このあたりがとっかかりになりそうだ。
やはり知らないジャンルのこういう紹介は刺激になる。足元にあって存在は否応なく知っているものに、意外な角度から照明を当てられると、思わぬ魅力に気がつかされる。
岡本さんの、もう好きで好きでたまらないんです、という姿勢にも共感する。選曲のためにあれこれ聴いているだけで、ひとりで盛り上がってしまった、というのもよくわかる。
いーぐるの連続講演はこのところ面白そうなものが目白押しで、毎週でも行きたいもんだが、霞を食って生きていくわけにもいかないのが哀しい。(ゆ)



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