８月末に「いーぐる連続講演 第567回」としてやらせていただいた「イスラームの音楽」の各トラック別解説です。３回連載で、マクラ、前半、後半を３日連続でアップします。
この企画は「アラブの音楽」というテーマでやってくれと後藤マスターから言われて始まりました。後藤さんの頼みならいつもは即座にＯＫするところですが、これはちょっと考えこんでしまいました。少し時間をもらって検討した末、範囲を拡げて「イスラームの音楽」ならばなんとかできそうだ、と打診すると、それで結構だ、ぜひ、ということになった次第です。
とはいえ、「イスラームの音楽」という捉え方が問題を含んでいることは承知しています。これはたとえば「キリスト教の音楽」とか「仏教の音楽」とかいう捉え方が成立するかと考えてみればすぐわかります。「イスラーム」というとき、ぼくらは深く思うこともなく、それがひとまとまりの集団をなしているとみなします。「イスラーム世界」という言い方が、実はあるイデオロギーによって作り出された「幻想」であることは、羽田正が『イスラーム世界の創造』(2005) でもののみごとに解き明かしていますが、こういう本が書かれねばならなかったということ自体、イスラームあるいはムスリムを、ヨーロッパやアジアと同様にひとつの独立した塊とみる捉え方がいかに根強いかをものがたっています。上の本にあるように、わが国では、高校の世界史で、「イスラーム世界」という枠組を教えろという文部科学省の指示があるだけに、そういう傾向はさらに強い。
一方で音楽が歴史的背景をもつ以上、宗�海�その成立や伝承に大きな役割を果たしてきたことも否めません。仏教にも声明やチベットの寺院の音楽がありますし、キリスト教については今さら言うあれこれ必要もないでしょう。シナゴーグの中では基本的に音楽が禁止されているユダヤ教でも事情は変わりません。とすればイスラームを背景にした音楽、という捉え方は、入口としてはそう的外れでもなさそうです。「背景」の内実はまたいろいろと考えなければならないところではありますが、ここではとりあえず、イスラームを生活の土台にしている人びとが生み、育んできた、というくらいに大掴みしました。
今回は地域としてはモロッコからインド亜大陸、中央アジアまでとしました。理由はたとえばマレーシアやインドネシアあるいはニジェール河流域など、ムスリムが大多数を占める他の地域の音楽についてぼく自身が詳しくないことです。こうした地域の音楽がイスラームを土台としているととらえられるか、判断がつきません。
ということはあるにしろ、ぶっちゃけた話、イスラームというのは口実でもあります。今回紹介したような人たちの音楽を紹介するための看板です。この人たちの音楽は、イスラームという枠や要素を外して、虚心坦懐に聴いても、傾聴するに値すると思います。むしろ、ぼくとしては、そのように聴いていただきたい。というのも、ぼく自身はこうした人たちを「イスラームだから」聴いてきたわけではないからです。
もう一度、とはいうものの、イスラームについて、多少とも知識があれば音楽をより深く聴く助けになります。参考書としてこちらを薦めます。
コーランとはそもそもどういうもので、そこには何が書かれているのかから説き起こし、ムハンマドの出現を用意した状況から、第二次世界大戦後までのイスラームが辿った経緯の根幹に沿いながら、イスラームという宗�海�どのようなものか、その信徒ムスリムは一般にどういう人びとなのかを、丁寧かつ明解に解きほぐしてくれます。スンナ派とシーア派の違いや、わかりにくいスーフィズムについても、きちんと説明してくれます。わからなくなったら戻ってもいける頼りになる本でもあります。
コメント
コメント一覧 (2)
先日、「いーぐる」で先生のイスラーム音楽の講演を拝聴いたしました。イスラーム音楽はおろか、ワールドミュージック（という広いくくり）すらほとんど聞いたことがなかったのですが、アザーンを聞いたとたん打たれた思いがして、聞き入っていました。
すばらしい音楽に触れる機会を、ありがとうございました。
世の中にはすばらしい音楽が無限にあります。未知の音楽に出会うのは楽しいですし、その中には存在の根っこまで揺さぶられるものがあります。そういう出会いのきっかけになれれば幸いです。
「その２」もありますので、今後ともよしなに。