毎月恒例のディスク・ユニオン新宿とユニヴァーサル・レコードによる新譜紹介イベント。今回は復刻・未発表録音がお題。

 ディスク・ユニオンの羽根さんが持ってきた5枚の中で、今回の目玉はビル・エヴァンスの「モントルー・トリオ」、エディ・ゴメスのベース、ジャック・ディジョネットのドラムスのスタジオ録音<<SOME OTHER TIME>>。1968年の『モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』はライヴ音源でその出演の5日後、ドイツのMPSのスタジオで録音されたものを全部収録した2枚組。契約の関係で長らくオクラ入りしていたものが、ようやく陽の目を見たというのはよくあるが、これくらいオイシイのはジャズでもなかなか無いらしい。

 エヴァンスのブートはたくさん出ている由で、このトリオもこの前後、ヨーロッパをツアーしたから、ブートの1枚や2枚あってもよさそうなものだが、そういうものもなかったそうな。それにしても、契約で出せないことはわかりきっているのに、録音だけはしておく、というのはたぶんジャズ以外では考えられないだろう。ミュージシャンはカネをもらえればスタジオに入るだろうが、レーベルはいつか出せると思っていたのか。結局出せたのは半世紀近く経ち、原盤権の所有者も息子の代になっていた。ところでこのリリースで、ミュージシャンの側にはいくらぐらい渡るのか。

 あたしはと言えば、いずれは買うだろうが、エヴァンスはそんなにファンでもないので、飛びつきはしない。この録音ではむしろディジョネットの若い頃の演奏に関心がわく。

 今回の5枚で面白かったのはまず Dave Pike というヴィブラフォン奏者の1971年ケルンでのスタジオ・ライヴ<<AT STUDIO 2>>。2というからには1もあるのだろう。ギター、ベース、ドラムスのカルテットで本人以外は皆ドイツ人の名前。面白いのはまずその演奏がガムランそっくりなのだ。あの超高速演奏は複数のプレイヤーが少しずつずらして叩いてやっているわけだが、それを一人でやっている。他のも聴きたかったが、2枚組でちょと高いので今回は保留。なにせ、再来週の「イスラームの音楽2@いーぐる」のために、散財しているのだ。

 オルガンの Larry Young の1965年頃のパリでのライヴ、クインシー・ジョーンズのビッグ・バンドの1961年ドイツでのライヴはまっとうなジャズで、あたしはなるほどと思うけど、進んで買おうとは思わない。いーぐるで聴ければいいや。後藤さんはヤングが気に入って買われていた。

 それよりもびびんときたのは高柳昌行がベースの井野信義、ドラムスの山崎比呂志と組んだアングリー・ウェーヴスというトリオの1984年8月26日、横浜エアジンでの録音。本人が記録のために録っていたカセットから起こしたものだが、多少ヒスノイズがあったり、少し音が割れているところがあるくらいで、生々しい。そして演奏がすごい。第二次オイルショックの後、まだバブルが表面化しない頃ということになるが、そういう時代の雰囲気か、あるいは大病から復帰した本人の意識か、固い地面をがりがりと掘るようなギターが突きつけてくる音に共鳴するものが自分の中にあると気づかされる。2月のこのイベントで聴いたマット・ミッチェルとクリス・スピードの音楽にも通じる。カネもないのに思わず買ってしまった。

 ユニヴァーサルの斎藤さんが紹介されたのは、2月からリリースが始まったブルーノートのモノーラル復刻。CDはこれまでにもあったSMHだが、プラチナを使った新素材だそうで、「究極の紙ジャケ再発」とうたっている。なるほど音は良い。リーダー楽器はもちろんだが、ベースやドラムスの音がきりっとしてエネルギーがある。空間も透明で音楽が際立つ。

 こういう再発を買うのは、このあたりの音源はそれこそ「擦りきれるまで」聴いて、ソラで一緒にうたえるくらいのマニアが主なんだろうが、これでジャズを聴きはじめるというのもいいんじゃないかと思う。入門だからより質の低い再生環境でいい、ということにはならない。むしろ、入門だからこそ、きちんとしたシステムと入念に調整された音源で聴くべし。弘法は筆を選ばずというが、それは弘法大師のレベルに達することがでければの話で、そこには遠く及ばないあたしら凡人は、せめて筆くらい、それにできれば墨と硯と紙も手の届く範囲で最高のものを使うべきだ。

 それにしてもこういう音源の違いが一発でわかるのはいーぐるのシステムの優秀さもある。音が出た瞬間、ああいい音だなあ、気持ちよいなあ、と思えるのはこのシステムと、そしてこの空間のサイズあってこそのものだろう。こうなってくると、やはりいーぐるでハイレゾを聴いてみたくなりますね。

 次回は連休明けの5月12日、お題は「鍵盤」特集。ピアノだけでなく、いろいろな鍵盤が出るらしい。(ゆ)