メンバーの一人、それもメインのメロディ楽器担当が何らかの事情で長期休業をとらねばならなくなっても、代役をたててライヴをする、というのはやはり珍しいのではなかろうか。訊いてみると、ひとつには今のライヴのベースになっている最新作の《うたう日々》がうたを中心にしたアルバムになっているかららしい。インストルメンタルよりもうたを聴いてほしいという想いから、こういう形をとっている、という。確かにそれは良い結果を生んでいる。今日は中川理沙さんが参加して、3曲うたわれた。録音はもちろん悪いはずもないが、それでも生で聴くときがうたは一番活き活きする。そのことをあらためて思いしらされる。

 中川さんの声と歌唱スタイルは異界の佇まいがある。今、この瞬間の現実からわずかではあるが明確にずれている。一見ソフトなのだが、いざとなると梃子でも動かない芯の強さを備える。わずかにずれた独自の場にあって、そこでうたっている。すると周囲が、その声の届く範囲の空間が中川さんの声に染められて、やはり独自の色を帯びる。

 《うたう日々》の中でも中川さんのうたううたは、ぽんぽんとはねるものでも威勢のよいものでもない。むしろ静かなうた、周囲を静謐に導くうたである。伴奏も抑え気味で、静かなうたをうたう静かな声をひきたたせる。

 インストア・ライヴの行われているフロアの他の部分では BGM が鳴っていて、それはかなりにぎやかなのだが、そういうものにも邪魔されない。なにものも侵入できない、確固たる空間が生まれてる。ぼくらはそこに包まれて幸福だ。

 インストゥルメンタルでは代役の沼下麻莉香さんがまたいい。中藤さんのフィドルは、ことにここ2年くらい、年に似合わぬいぶし銀、艶消しの深みのある響きを聴かせているのに対して、沼下さんのフィドルには艶がある。きらびやかなものではなく、抑えようとしたとしてもにじみ出てしまう艶。表面を塗ったのではなく、内部から浮きだす艶。代役というのは緊張するだろうが、固くなることもない。Tricolor とは別に、これはこれで独自にやってみても面白いのでないか。

 それにしても、中村大史さんのヴォーカルとアコーディオンが達者なのに、あらためて驚いた。下北沢でのレコ発ライヴの時には気がつかなかったが、今日は3人だけのせいか、あるいは代役をカヴァーする意識もあったのか、目を瞠ってしまう。

 長尾さんも参加しているバンドが多いが、そのそれぞれにちゃんと合わせているのはえらい。正体はどれだ、と訊きたくもなるが、そのどれをも楽しんでいるようにもみえる。

 アイリッシュというとダンス・チューンでいけいけどんどんと思われがちだが、こういううたを中心にした音楽もあってのもので、うたとインストゥルメンタルは両輪ではある。トリコロールは今のわが国のアイリッシュ系バンドでは一番うたにこだわっていて、それが今回の新作に結実したのはまことにめでたい。こうなってくると、一人のシンガーと四つに組んでの録音を聴いてみたくもなる。

 次のライヴは今月20日、小田急線・玉川学園前近くの「ヒュッテ」で、今日と同じ編成でやるそうだ。今度はフルのライヴになるので、また違った味わいだろう。楽しみだ。


 ライヴの始まる前、売り場をうろうろしていて、マレウレウのCDがあるのを見て購入。6月1日にここでインストア・ライヴがあるそうだ。これは来なければならない。いや、忙しい。(ゆ)



うたう日々
tricolor
Pヴァイン・レコード
2016-04-20


cikapuni
MAREWREW
SPACE SHOWER MUSIC
2016-04-06


もっといて、ひっそりね。
マレウレウ
SPACE SHOWER MUSIC
2012-08-08