この小屋はふだんは音楽よりもパフォーマンスのライヴをやっているところだそうで、天井からは空中ブランコや「縄ばしご」、布の帯などが垂れ下がっている。店内には空中ブランコからぶら下がって手を差し延べている女性の大きな写真が掲げられている。肉体を極限まで駆使していることによる高揚感だろうか、かすかな笑みがなんとも美しい。

 入口を入ったすぐのところがその空間で、通常の2階半ないし3階分くらいの高さの天井まで吹き抜けになっている。入って左にアップライト・ピアノが置かれ、バンドはその前に並ぶ。手前から長尾、清野、ゲスト・ドラムスの田中祐司、そして大渕。聴衆はその前から奥のカウンターに向かってぎっしり。入口右手の急な角度で昇る階段とその上の2階にも並んで見下ろす。PA用のボーズの古いモニタ・スピーカーは1階と2階の中間ぐらいの高さにある。

 入口は大きく開かれ、2階の窓も全開(この2階部分の階下は別の店)。店の前は野毛の裏通りのひとつで繁華街を貫く道。ゴールデンウィークの土曜とあって、人通りは絶えないが、店の前には大きな人集りができている。音は相当に大きいので、表でも十分楽しめるらしい。ずっと踊っている人たちもいる。ちなみにこの日のギグは入場無料、投げ銭制で、投げ銭を入れる帽子は外にも回されていた。

 ハモクリの今季最後のライヴ。あたしは「次郎吉」以来だったが、サウンドとしても演奏としても格段にいい。サウンドはこの吹き抜けの空間も作用していただろう。2階で聴いていたのが、音量の大きさにもかかわらず、細部も聞えて、それはいい気持ちだった。

 ドラムスを入れ、電気増幅もして、パワフルに押し出すのはハモクリがめざす方向の一つとのことだが、この日はパワーだけでなく、演奏そのものの質も高い。むしろパワーやノリは二次的なもので、それが快く感じられるのは演奏の質が高いからだろう。

 ハモクリの曲はメロディが面白い。聴いているだけでワクワクしてくる。もしあたしが楽器をやれるなら、飛びこんで一緒にやりたくなる。一方で簡単なものではない。技術的に高度なものが要求されるだけでなく、洗練されたセンスがなくては本来の面白さでは聞こえない。パワフルであるがどたばたと足がもつれたり、やたら飛びまわるだけでぐじゃぐじゃにもつれてしまう。俳句の達人がみせるような軽妙洒脱、ユーモアもしっかり染み込んだ身の軽さが必要だ。

 そう、ハモクリはユーモラスなのだ。あるいはウィットというべきか。むしろエスプリか。どんなに白熱しても、眉を顰め、肩をいからしてはいない。集中してはいても、片方では冷静にそういう自分たちを眺めている。ケルト音楽をベースにしていることには違いないにしても、今のハモクリは一般にそう呼べるものからは遙かに飛翔している。それが伝統音楽とつながっているのはこの部分だ。伝統音楽は、とりわけケルティックとくくられる音楽はシリアスではあっても深刻にはならない。どこかで一点、笑っている。

 ハモクリのもう一つの原点であるブルーズにしても、おそらく同じだろう。どちらも虐げられた人びとが生み出してきた音楽だ。深刻にはなれない。

 新作としてリリースされた《アルケミー》は、これまでのハモクリの総決算でもあり、次へ出発するためのスプリングボードでもあるという。この日の演奏は、これまでのハモクリをしめくくっているようでもあった。この次のライヴ、夏か秋ということになるだろうが、そこではまた新たな姿が見られるのではないか。そしてそれはこれまでとはがらりと違う位相を見せてくれるのではないか。そういう期待をさせてくれてもいた。(ゆ)


アルケミー FUTURA ANCIENT ALCHEMY
ハモニカクリームズ Harmonica Creams
オルターポップ
2016-04-03