このバンドには名前が無い。今後も無いままであろうという。とはいえ、このバンドは続いて欲しい。昨年末、エアジン2015年ラスト・ライヴで実現したバンドの再演。shezoo さんのピアノ、松本泰子さんのうた、かみむら泰一さんのサックス、多治見智高さんのヴァイオリン、小林武文さんのパーカーション。演るのは shezoo さんの作品、松本さんやかみむらさんが持ち寄る作品。

 この日はいきなり〈The Culloden's Harvest〉から始まる。松本さんの提案の由で、なじみがあるなあと後で伺ったら Deanta の演奏からとったそうな。胸キュンのメロディに惚れたという。こういうとりあげられ方をするのは嬉しい。

 このバンドはうたを中心にしてサックスとヴァイオリンがソロをとり、ピアノとパーカーションが支え、煽る。かみむらさんが絶好調。なぜか椅子にどっしりと座り、いつものように熱が入ってくると脚を組替えたり、立ち上がったりすることがない。これはかみむらさんの癖で、打ち上げの席でも他のメンバーからどうしたんですか、と訊ねられていたが、本人は特に意識しているわけではなく、なぜ今日は座ったままだったのかもわからない。どうやら椅子のせいらしい。いつもとは違う、店内でも特別の椅子がたまたまかみむらさん用になっていたのだ。

 かみむらさんが持ち込んだ〈タケダのワルツ〉は〈竹田の子守唄〉を連想してしまったが、タケダさんという友人のためにつくったそうだ。ヴァイオリンとサックスと声のフーガからフリーになる。他の二人とタメを張る松本さんの声がいい。

 そのかみむらさんに乗せられたか、多治見さんもすばらしいソロを連発する。前回はどうかすると音が埋もれてしまうところもあったのだが、今回はバランスがよく、明瞭に聞える。オクターヴ奏法を駆使するのも楽しい。音はやわらかくなるのだが、フレーズはキレている。その効果がバンドのサウンドを拡大する。この楽器はほんとうにいろいろなことができる。悪魔の楽器と忌み嫌われたのも無理はない。

 小林さんはいつも通りで、あくまでもクールに煽りまくる。きっちりアレンジされているところも多いようなのだが、そうは全然見えない。実に自由に、気まぐれにやっているように見える。そしてその一つひとつの音がどんぴしゃではまってゆく。アレンジしてあれば当然なのかもしれないが、どれくらいの力で叩くかで音はまるで違ってくるのだから、打楽器奏者にはより繊細でこまやかなセンスが要求される。その要求の水準はアレンジと即興がシームレスに組み合わさるこういうバンドの場合、相当に高くなるだろう。ミュージシャンはつきつめるとやはりどこか常人からはぽんと離れているところがあるものだが、小林さんはミュージシャンの中でもより浅いところから離れて、角度も距離も大きい。

 この日のライヴはエアジンが開催している「横浜なんでも音楽祭 2016春」の一環、前半の打ち上げだった。音楽祭の今年のテーマは「うた」で、スケジュールを見ると連日様々なシンガーが様々なうたを披露していた。今後もあと2週間続いて、ふちがみとふなとまで登場する。久しぶりに見たいけれど、先約があって残念。

 なので、今回の主役はやはり松本さん。冒頭のトラディショナルもすばらしかったが、ハイライトは shezoo さんの2曲〈Moons〉と〈人間の透明化について〉。歌詞の発音が明瞭で、聴いているだけで流れこんでくる。とりわけ後者はあらためて名曲と思い知らされる。shezoo さんの今メインのバンドといっていいトリニテで散々聴いている曲だけど、こういう演奏を聴くと、こちらが本来の姿に思えてくる。声の力の凄さか。これはやはり録音してもらいたい。

 名前はなくてもかまわないし、1枚だけでもいいから、きちんと録音したものを聴きたい。

 それにしてもこれはほんとうに面白いバンドだ。メンバーの年齡も幅広く、様々だし、バックグラウンドもベースもかなり異なる。リーダーの shezoo さんの性格からか、ロックンロールはありそうにないが、それ以外は何でもアリだ。このバンドで「ど演歌」を聴いてもみたい。服部良一なんかどうだろう。〈むかしのあなた〉とか。いつになるかはわからないが、次がそれは楽しみだ。

 ハモニカクリームズと2日連続で横浜の、それも桜木町の駅をはさんで対極にあるハコで、それは美味しいライヴを味わえた。ごちそうさまでした。(ゆ)