下北沢のレコード店兼ライブハウス兼レストランの mona records に tipsipuca が出るというので出かける。対バンの2つは初体験。
いやあ、面白かった。たしかにヘビー級の三連発で、お腹いっぱい。ちょとくたびれたくらい、充実してました。
まずはトリをとったふーちんギド。チューバとドラムスというデュオで、リズムだけなのかと思ったら、どちらもメロディを演る。
チューバの名人は関島岳郎氏はじめ何人か見ているが、こんなにメロディを吹きまくるのは初めて。マイクをつけて増幅しているのは当然としても、エフェクタをかけて様々な音を出したりもする。これはリズム楽器ではない、ラッパなのだということをあらためて思い知らされる。ギデオン・ジュークスという人はシガーロスにもいて、シカラムータにも参加しているそうで、不覚にもまるで気がつかなかったが、こうなるとあらためて遡りたい。
ふーちんのドラムスはとにかくキレがいい。音もフレーズもおそろしくシャープなのだ。こんなに鋭いドラムスは録音も含めて聴いた覚えがない。まったく違う楽器やスティックを使っているんじゃないかと思えるほど。何をいつどこで叩くかの選択もシャープで意表をつく。ライヴでもあたしはふだんは目をつむって聴くことが多いが、このデュオだけは目を離せない。演奏している姿がそれは楽しい。一見華奢な体型だが、体幹がしっかししているのだろう。でかい音もしっかりでかい。重い音はずっしり重い。あとはスタミナだが、一度、フルのコンサートを見たい。
ふーちんは特製ベルトで体にくくりつけたピアニカも操る。右手でドラムを叩きながら、左手でピアニカを演奏することもやる。面白いのは、左手で鍵盤の白鍵側からではなく、黒鍵側から弾く。鍵盤しかないピアニカならではだが、逆転の発想ですな。
この組み合わせと演奏スタイルの衝撃で、何を演っているかはどうでもよくなってしまったが、基本的には東欧ジプシー・バンド流の曲のようだ。もっともアンコールではロックンロールをいかにも楽しく演っていて、このあたりがルーツかとも思えた。
トリをとったし、このハコでは何度もやっているとのことなので、今回の企画はこのデュオを中心に、張り合えるアクトを組み合わせたのだろう。
真ん中の Csiga Jidanda はハンガリー語の「かたつむり」が「地団駄」を踏んでいるのだそうだ。アコーディオンの Alan Patton とヴァイオリンの関島種彦のデュオ。
まず仰天したのが関島氏のヴァイオリン。この人は名手というよりも天才だ。ヴァイオリン自体はまずクラシックから入っているのだろうが、ベースはジャズだ。ブログのプロフィールには好きなミュージシャンの筆頭にスタッフ・スミスの名がある。そして、東欧の、ハンガリーからバルカンあたりのヴァイオリンを完全に身につけている。体の一部になっている。こんな人がいたとは狭いようでまだまだ世界は、日本は広いのだ。あたしの世界が狭いだけか。
アラン・パットン氏は「氏」と呼ぶのがもったいないくらい人なつっこいおっさんで、日本語はネイティヴよりうまい。小柄だががっしりした体で、鍵盤アコーディオンを軽々とあやつる。ルーマニアン・チューンも弾きこなすが、どちらかというと関島氏のヴァイオリンを引き立て、押し出す。コミカルで味のある、なかなか陰翳に富んだヴォーカルも披露する。演奏しながら、顔の表情も変えて、視覚効果も駆使する。こういう要素は確かに、アイリッシュ系には少ない。
基本のレパートリィは東欧の伝統曲やそれに準じたオリジナル。1曲ノルウェイの曲といって演ったのは、その方面に詳しい酒井絵美さんによればスウェーデンの曲のはずで、あたしにも聞き覚えがあるから、たぶんヴェーセンあたりがやっていたのではないか。
トップで出た tipsipuca はこの2つに比べると、やはり味わいが違う。まずレパートリィがヨーロッパでも西寄りになる。それに今回は「プラス」ヴァージョンで中村大史さんのギターと熊谷太輔さんのドラムスが加わって、バンド形式でもある。ふーちんギドもチガ・ジダンダもよりストイックで柔軟だ。tipsipuca もデュオならばまた違っていただろうが、バンドになるとかっちりとできあがるし、tipsipuca プラスの場合、リズム・セクションとフロントの役割分担が明確なので、さらに骨格がしっかりする。
それとなんといっても曲の面白さ。こうして他のバンドと並べて聴くと、高梨さんの作る曲の面白さが浮き立つ。アイリッシュ・ベースであることをさしひいても、メロディの面白さが光る。単にメロディがいいというだけではなくて、耳を捉える際立つフレーズがどの曲にも入っている。ハイライトは〈真夜中の偏頭痛〉で、これは奇数拍子と偶数拍子がフレーズによって入れ替わる。聴いている方が体の内部をよじられる極楽の体験だが、演るのは相当に難度が高いだろう。しかもおそらくは拍子が先にあるのではなくて、メロディから生まれてそうなっている。というのも、先日、本郷でのライヴの際、熊谷さんから訊ねられて、高梨さんが指で数えて確認していたからだ。
高梨さんは昨日はホィッスルでも活躍で、ミキシングのせいもあるのか、よく目立っていた。楽器を変えたのかな。
3つのバンドそれぞれのファンが来たせいか、30人も入れば満杯の会場は立ち見もぎっしり。PA のバランスも良く、気持ちがいい。いや、それにしてもこういうバンドが聴けるのは、中村さんも言ってたように対バンの醍醐味。期待をはるかに上回る効験で、追っかけたいミュージシャンがまた増えた。ごちそうさまでした。(ゆ)
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