神無月■日
 スコットランドの Shooglenihty のフィドラー、Angus Grant 死去。ジョン・マカスカーやエイダン・オルーク、ダンカン・チザムと並んで、前世紀末からスコティッシュ・ミュージックを盛り上げたフィドラーの一人ではある。バンド自体はそれほど好きというわけではないが、この人のフィドルは結構好きだった。公式 Facebook ではずっとそれに関連する記事ばかり。来年の Celtic Connection では追悼する日が設けられるとも発表された。


神無月●日
 昔の日本のデッド・ヘッドは「デッド教徒」だったという話。デッド以外聴こうともしない。デッドの音楽以外のものに関心がなかった、という。しかし、それではデッドの音楽をどこまで味わえたのだろう。アメリカにいればデッドと共有する文化は普通にあり、デッドの音楽の土台は否応なく入ってきただろう。

 しかし、そこから遙か遠いこの国では、意識して探索しなければ、そういう音楽と深いところではつながるが、一見関係のない知識を採り入れることはまったく不可能とは言わぬまでも、ひどく難しかっただろう。と、アイリッシュをはじめとするヨーロッパの伝統音楽を「食べて」いた身としては想像がつく。そして、そうした音楽以外の文化の知識は、デッドがやっていることを、その現場から遠く離れたところで適確に聞き取るのに不可欠だったはずだ、とも想像がつく。

 デッドの音楽を生み出しているものへの関心が無かったのだろうか。ガルシアは映画狂で、狂に近い読書家だった。それもコミックスから哲学書まで、幅広く読んでいた。サイエンス・フィクションも大量に読んでいた。そしてかれはなによりも画家でもあった。他のメンバーにしても、音楽だけでなく、幅広い対象に旺盛な好奇心を燃やしていた。というような話は、当時は入ってこなかったのか。

 あなたのような音楽をやりたいと思ってあなたの音楽をコピーしていると言ったファンに、ディランは答えた。
 「ちがう、ちがう、それじゃだめだ。俺のようになりたかったら、俺が真似した連中を真似することだ」

 この話がどこまで本当かは知らないが、真実は突いている。デッドのような、多様な要素が複雑にからみあっている音楽の核心を掴もうと思ったら、デッドだけ聴いていてはできない。デッドのルーツまで降りて、あるいは遡って、たどりなおさなくてはならない。

 そしてこのことは、わが国でアイリッシュ・ミュージックをやっている人びとにも当てはまる。


神無月*日
 吉行淳之介『夢の車輪』読了。出たときに買ったまま積読となり、さらに山の底に埋もれていた。クレーの絵に触発された夢の話。絵と話は直接のつながりはない。その距離のある話と絵の共振がつくる雰囲気がいい。個々の話は短篇というよりはスケッチであり、文字通り、夢を書きとめたものでもある。未完成な、生の素材のままごろりと放りだされている。この素材、コトバと絵とのふたつの素材をどう料理するかは読者にまかされる。巻末の解題までも夢のなかでのことに思える。クレーそのものも夢。この世は夢。

 JOM でジャズ・ギターの Louis Stewart の追悼記事。ジョージ・シアリングとのトリオがどうやら一番有名らしい。アイルランドのジャズ・ミュージシャンとして、初めて名を成した人の由。シアリングのトリオの音源は1970年代後半、ドイツで出たもので、後に《The MPS Trio Sessions》として未発表のものも含めて復刻されている。聴いてみるとなるほどなかなか面白い。アイルランドにはなぜかジャズで抜きんでた人がいない、と思っていたが、なるほどこういう人がいたのか。演奏に特にアイルランド的なものが聞えるわけではないが、優れたミュージシャンではある。この人の後を追って、アイルランド人ジャズ・ミュージシャンが何人も国際的舞台で活躍していると、自身ベーシストである、この記事の著者は言う。スーザン・マキュオンのパートナーのベーシスト Lindsey Horner もアイルランド人だった。ちょいと気をつけてみよう。


神無月※日
 マン島のMec Lir のサイトで CD を注文。ケープ・ブレトンで聴いたトムのフィドルは良かった。

 やってきた CD でフィドルのトムの姓が Collister であるのを見てようやく思い出した。クリスティン・コリスターがいたではないか。普通のアルトよりもさらに低い声は、イングランドやアイルランドのフォーク・シンガーには珍しくないのだが、クリスティンの声の艶かしさは、他ではほとんど聴いたことがない。その声を生んでいたものの、少なくとも一部、それも重要な一部はマン島の風土だったはずだ。その艶はリンダ・トンプソンのものに近いようでもあるが、クリスティンには不思議な明るさがある。翳りも含んだその明るさが、どこまでも昏いクライヴ・グレグスンのうたとギターと戯れあうところに、グレグスン&コリスターというデュオの魅力があった。ファーストではぴったりと合っていた二人の間がだんだんに離れてゆき、最後の5作目では正反対の方向を向いて拮抗している。その変化もまたなんとも興味深い。公式サイトを見ると元気なようだ。また、聴いてみよう。

 Claddagh に CD を注文。Neillidh Boyle の集成が出ていたのには興奮した。20世紀初めのフィドラーの中では一番好きな人。といってもコンピレーションに入っている1、2曲を聴いているだけなので、まとめて聴けるのは嬉しい。とにかく型破りの人だが、他の録音はどうか。下北沢 B&B でやっているアイリッシュの楽器講座のフィドルの回にも紹介できるだろう。他の注文はうたものが中心でフランク・ハートの遺作(?)、ラサリーナ・ニ・ホニーラ久しぶりの新作とクリスティ・ムーアの新作、Saileog Ni Cheannabhain の2枚など。

 HMV にディランのブートレグ・シリーズ 11 Complete Basement Tapes を注文。出ていたのを見逃していた。ついでに Fay Hield9Bachキャスリン・ティッケルの新作も。そろそろ今年のベスト10を数える時期だが、このあたりは入ってくるはず。入選確実はスナーキー・パピーの《2015 WORLD TOUR BOX》と グレイトフル・デッドへの巨大なトリビュート《DAY OF THE DEAD》。日本勢は沢山出て、まだジョンジョンフェスティバルの新作など控えていて、選ぶのに苦労しそうだ。


神無月△日
 スリープから復帰すると、アプリの切替にひどく時間がかかる。どうやら Hey Siri で Siri を起動する設定にしたところがあやしいのでアクセシビリティの該当項目をオフにする。これだけではメニューバーのアクセシビリティが消えず、レインボウ・カーソルがくるくる廻るだけなので再起動。やはり MacBook 12inch では非力のようだ。


神無月□日
 Tor.com の短篇配信。Margaret Killjoy は genderqueer ということで、写真を見ると男性だが、ジェンダーを明らかにしないスタンス。こういう人物の人称代名詞は they で受ける。なるほどジェンダーの無い三人称代名詞はこれしかない。将来 they の単数形ができるだろうか。しかし新しくできる語彙は名詞、動詞、形容詞、感嘆詞などで、代名詞や前置詞はまだ無い。できたならば、言語としては大革命かもしれない。

 ひるがえって日本語ではどうだろう。「この人」「あの人」でOKか。人称代名詞を使わないことも可能だし、その方が自然にもなる。つまり日本語は英語よりもジェンダーの別をつけない、ということか。しかし一人称や二人称では英語よりも語彙が豊冨になる。英語の一人称、二人称にはジェンダーの別は無い。日本語においてジェンダーを明らかにしなければならないのは、目の前にいる相手に対してであって、第三者に対してはどちらでもかまわない。すると、日本語において、目の前にいる相手に対して、ジェンダーを明らかにしないようにするにはどうすればいいのか。


神無月◯日
 久しぶりに神保町に行く。書泉のブックマートが靴屋になっている。ショック。その一方で小学館が本社ビルを建てかえて、完成間近。旧社屋は『オバケのQ太郎』の大ヒットのおかげで建てたと言われて「オバQビル」と呼ばれた。今度は何なのだろう。そういえば角川も飯田橋にいくつもビルを建てていた。本郷のビルは放置しているらしいのは余裕か。

 と思ったら、角川、じゃない KADOKAWA は、全ての機能を所沢に集めようとしていると聞く。編集とか営業とかも遠隔操作でやるのだろうか。


神無月×日
 カナダに持っていった BiC ReAction Gel を羽田から家までのどこかで落としたらしく、廃番になっているので、あちこち探しまわるが、見つからない。と思っていたら2本買ってあったらしく、もう1本出てきてほっとする。この太さがいい。こういう太いものは国産では無い。かつてトンボが Zoom シリーズで出した Oceano がやはり太くて、書きやすく、マット仕上げの表面がつるつるになるまでシャープペンシルを使いこんだ。ビックのリアクションは、内部のスプリングによって紙面からの反発を軽減し、疲労を軽くする、というのだが、それだけでなく、太い軸は長時間集中しても疲れがない。カナダからの帰り際、トロントの空港での待ち時間に3日分の日記を3時間くらいで一気に書いたときも、手はまったくくたびれなかった。もう一つ、先端のキャップが金属製なのもグッド。

 ビックのサイトを見ると、Select というシリーズの 3 Grip がまた太くて具合が良さそうなのだが、ヨーロッパだけで売っているようだ。ビック・ジャパンが国内で売っているのは、ビックの筆記具の中でもごく一部だ。販売地域がアジアとなっているものでも扱っていない。

 ビックの Global サイトにはかなりの種類の筆記具があり、眺めているとコレクションしたくなってくる。一つひとつは安いが、完璧に揃えるのは結構たいへんそうだ。

 最近の筆記具のヒットは何といっても ロディア スクリプト シャープペン。新宿のハンズで見つけて、メタリック・オレンジの色合いの良さと金属製の姿に惹かれて買ってみたが、実に気持ち良く書ける。細身に見えるが、細すぎず、重くも軽くもなくて、まず手にしっくりくる。これで0.7ミリがあればとは思うが、まあ文句はない。筆記具専門メーカーではないから、ちょっと驚いた。


神無月&日
 こないだ Claddagh にCDを注文したばかりだが、またあれこれ出す。今度は12月のアイリッシュ・ハープ講座のための資料。まあ、泥縄だ。知らない、聴いたことのない人のものばかり選んだが、それでも10枚ほどになる。ハープもフルートと同じで、演奏者が増えているようだ。昔デュオの録音を楽しく聴いたアン=マリー・オファレルとコーマック・デ・バラは、各々のソロ、デュオともたくさん出ているが、今回はパス。


神無月▽日
 Apple 謹製の Lightning > ミニ・プラグ・アダプタは結構音が良い。と思っていたら、ささきさんが突っ込んだ記事を書いてくれた。

 理屈はこういうことだが、この音が千円でお釣りが来る「投資」で得られるのは嬉しい。ヘッドフォン祭でも iPhone のヘッドフォン・ジャックをソースにして試聴する人は意外に多いが、これをかますだけでもオーディオ・ライフは楽しくなる。デジタルとはこういう風に使えるもんなのだのう。あとはCDをちゃんとリッピングして、音のいいプレーヤー・アプリを使えば、モバイル・オーディオを本格的に楽しむためのソースとしての土台はできる。

 もっとも、それよりもネット上の音源、YouTube や SoundCloud などで音楽を聴くという、圧倒的に多いだろうリスナーにはありがたいものになる。そういう意味でも、やっぱり iPad 用だよなあ。(ゆ)