ショウ・オヴ・ハンズの存在に気がついたのはやはり《LIVE》(1992) が出た時だったと思う。片割れがフィル・ビアなら買ったのは当然だ。結成は1987年。すでに5年のキャリアがあったわけだ。もっとも本書によれば、ビアがアルビオン・バンドを脱けて、スティーヴ・ナイトリィとのデュオに専念するのは1991年で、このライヴ盤はその年の暮れに録音されている。ライヴ盤はかれらとして初めてのCDとしてリリースされ、おかげでわが国にも入ってきた。CDが無かったら、かれらを知るのはもっと遅くなっただろうし、ひょっとすると、かれら自身もまた、大きく飛躍することはなかったかもしれない。

Live 92
Show of Hands
Imports
2014-01-21

 

 それから四半世紀。ミランダ・サイクスを加えたトリオとなり、イングランドを代表するユニットの一つ、場合によってはイングランドを代表するユニット、ピリオドになった。つい先日の日曜日、4月16日、かれらとして7回目のロイヤル・アルバート・ホール公演を、例によって満員御礼で成功させた。それに合わせ、CDデビュー25周年として出版されたのが、この豪華ヴィジュアル・ヒストリーである。

IMG_0056


 あたしはとにかくフィル・ビアのファンで、かれを追いかける一環としてショウ・オヴ・ハンズも追いかけはじめたわけだが、ビアにとってもこのユニットはかれの資質を最も活かしていると思う。ビアはかれ自身、超一流のミュージシャンでありながら、フロントに立つのは苦手で、誰かをバックアップする時最も力を発揮する、そういう星周りの下に生まれているらしい。と言って、サポートに徹して、顔も見えないというのとはまた違って、その卓越した演奏力と音楽性で否応なくスポットライトを浴び、ヘタな主役は喰ってしまう。

IMG_0057


 アルビオン・バンドもビアが居たときがベストで、とりわけ "The Ridgerider" のサントラとそのライヴ盤は、ハッチングスが関わったプロジェクトの中でも《NO ROSES》と並ぶピークだ。

In Concert
Ridgeriders
Talking Elephant
2001-11-12

 

 ナイトリィはしっかりとフロントを支えるカリスマもある一方で、然るべきところでビアを押し出す器の大きさもある。ナイトリィの作るうたをビアが巧妙に味付けし、それに乗せてナイトリィがうたうことで、適度の歯応えとぴたりとはまった喉越しのある旨い料理として提供するのがショウ・オヴ・ハンズの基本形だ。ショウ・オヴ・ハンズ以後に出したナイトリィの最初のソロ、ビアが関与していない録音を聴くと、その勘所がよくわかる。どちらにとっても相手は組むに絶好なのだ。そしてこの二人だけで完結してもいて、他に余計なもの、たとえばリズム・セクションなどは無用だった。後にミランダ・サイクスが加わるのは、別の作用なのである。
 

 ビアがいかに音楽の才能に恵まれ、またそれを開発してきたかをまざまざと見せつけるのは、《BOX SET ONE》(2010) だ。CD3枚に、学校時代の録音から、キャリア全体をカヴァーする、大半が未発表の録音を集めていて、他では聴けないものも多い。マイク・オールドフィールドとの共演なんてものもある。うたい手として、弦楽器奏者として(本書にはアイリッシュ・ハープに挑戦している写真もある)、唄つくりとして、当たるところ敵なしである。このボックス・セットには続篇も予告されていて、心待ちにしているのだが、何とか出してほしい。

Box Set One
Phil Beer
Imports
2015-03-03


 ビアがアルビオンをやめてショウ・オヴ・ハンズに専念したのは、かれにとっても、ナイトリィにとっても、そしてわれわれにとっても、まことに実り多い決断だった。その成果の一つが本書でもある。

IMG_0058
 

 まだぱらぱらと見ただけで文章に目を通してはいないが、本全体の出来としては水準というところだろう。とりわけ凄いところがあるわけではない。ひょっとすると、あえてそうしたのかもしれない。ナイトリィもビアも、超一流のミュージシャンではあるけれど、別世界の住人ではない。人気も絶大なものがあるにしても、「スター」ではないのだ。あくまでも一介のフォーク・ミュージシャン、うたとアコースティック楽器にこだわる職人音楽家のスタンスを崩さない。この本もまた、アイドル本ではなく、誠実な音楽家たちの記録を丹念に集めて、入念にデザインして提供することを目的としているのだろう。

 とまれ、この本にそってあらためてかれらの足跡をたどりながら、手許の録音を聴き直してみようという気にはなっている。アナログ時代のビアの録音、Downes & Beer や Arizona Smoke Revue のものを聞き直すにはアナログ・プレーヤーを修理せねばならないが、かれのためなら修理してもいいか、という気にもなっている。まずは、ショウ・オヴ・ハンズの二人に乾杯。おめでとう、そして、ありがとう、これからもよしなに。(ゆ)

IMG_0059