註文からほぼちょうど3ヶ月で、待望のボックスセットがやってきた。早速開封。
しかし凝りに凝ったパッケージではある。こんなにでかくする必要があるのか、と思えるくらいだ。CDの収められた三つ折が四枚あって、その下に同じサイズのブックレット。これにはデヴィッド・レミューとニコラス・メリウェザーがそれぞれエッセイを書いている。それにトラック・リストとクレジット。写真がたくさん。
さらにその下にスペーサーにはさまれてハードカヴァーが1冊。このボックスに合わせてコーネル大学出版局から出た、バートン・ホール・コンサートをめぐる1冊。ただ1本のライヴをめぐって1冊の本が書かれるというのもデッドらしい。著者 David Conners は10代でデッドヘッドになった回想録 GROWING UP DEAD, 1988 の著者でもある。なお、この本はボックスセットとは独立に刊行されていて、普通に買うことができる。
Peter Conners
Cornell Univ Pr
2017-04-11
Deadlist にある曲目と照合してみると、ボックスセットはこの4本のショウを完全収録している。少なくとも楽曲は収録している。
この頃のデッドのショウの会場は収容人数1万を若干超えるくらいのヴェニューだ。コーネル大学バートン・ホールは例外で、5,000弱。なぜ、ここがツアーに組込まれたかも興味深いところだ。この4ヶ所ではボストン・ガーデンが最大で15,000までの収容能力を持つ。ニューヘイヴンとバッファローの会場は老朽化などで解体されて現在は存在しない。
ピーター・コナーズは上記 CORNELL '77 のイントロで、1980年代に「遅れてきた」デッドヘッドとして、先輩たちの自慢たらたらの回想をいかにうらやましく聞き、嫉妬と焦燥に身悶えしたかを書いている。それと同じことを、今、あたしはコナーズに対して感じる。なにはともあれ、かれはデッドのショウを身をもって体験している。その音楽とデッドヘッドのコミュニティにどっぷり漬かって育っている。1980年代後半のバンドのピークを生で聴いているのだ。
80年代にデッドの音楽にはまっていたとしても、それを追いかけてアメリカにまで行っていたか。たぶん、あたしは行かなかっただろう。松平さんではないが、あたしも思想というより性格が保守的で、自分から動くということをしない。住居を移したことは片手ではきかないし、旅行もずいぶんしたが、いつも外からの作用で必要に迫られたり、誘われたりして初めて動いた。
いや、やはりあの時にデッドにはまることは、たとえテープを聴いていたとしても、起こらなかっただろう。一周忌になる星川師匠の導きで、世界音楽に耳と眼を開かれていたし、アイルランドやスコットランドやヨーロッパの他の地域の音楽も新たな段階に入っていた。デッドが80年代後半、ガルシアが昏睡から恢復した後、ミドランドの死までピークを作ってゆくのは、偶然ではないし、孤立した現象でもなかったはずだ。行ったとすればやはりヨーロッパで、アメリカではなかっただろう。
出会うのは時が満ちたからだ。50歳を過ぎてデッドにはまり、今、こうして40年前のショウの録音に接するのも、それにふさわしい時が来たのだ。30代、40代にこれらの録音を聴いたとしても、良いとは思ったかもしれないが、ハマるところまではいかなかったにちがいない。
それにしても、ボックスセットの最初のショウ、1977-05-05のニューヘイヴンを聴くと、1977年はデッド最高の年というコナーズの評価に双手を挙げて賛成する。以前、四谷のいーぐるでデッドの特集をやらせてもらった時、そこでかける1本まるまるのショウとして選んだのは、当時リリースされて間もない MAY 1977 のボックスセットからの1本05-11セント・ポールだった。今回のボックスセットのすぐ次の5本を収録したものだ。あの時も1977年が驚異の年だと実感した。
しかしこのニューヘイヴンはまた何か別に思える。オープニングのロックンロールの調子の良さに浮かれていると、2曲めにとんでもないものが控えていた。〈Sugaree〉がこんなになるのか。難しいことは誰もやっていない。一番複雑なことをやっているのはたぶんベースだが、技術的に難しいことは何もない。ギターやピアノは、シンプルな音を坦々と刻んでゆくだけだ。それが絡み合い、よじれあってゆくうちに、緊張感が増してくる。ガルシアのうたも力を入れるべきところで入り、抜くところはさらりと抜く。盛り上がり、さらに盛り上がり、しかしあくまでも冷静で、コントロールが効き、しかもどこまでも盛り上がる。こんなものを生で聴いたら、どうかならない方がおかしい。
ボブ・ウィアが、コナーズに訊ねられて、コーネルのライヴについて覚えていることは何もない、と答えた由だが、それもむべなるかな。演っている方は、演っている間はおそろしく気持ち良かったにちがいない。そして終ればきれいさっぱり忘れてしまったこともまた想像がつく。失敗はいつまでも記憶に残るが、本当にノって演ったことは記憶には残らないのだ。
コナーズはコーネルより、翌日のバッファローの方が良いという。あるいは、コーネルとバッファローはひと続きのショウで、バッファローはコーネルの第三、第四のセットだという人もいる。ネット上にはコーネルの録音が17種類あり、総計180万回再生されているそうだ。今度の公式録音で2時間40分ある録音がだ。これまでにコピーされたテープの数は誰にもわからない。デッドの2300回を超えるショウで、最も数多く聴かれたショウであることは、動くまい。
そのコーネルに向けて、さあ、次は1977-05-07のボストンだ。(ゆ)
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