新しいバンドの誕生に立ち会うのは心はずむ体験だ。
沼下麻莉香: fiddle
田中千尋: button accordion
岡皆実: bouzouki
熊谷太輔: percussions
もちろん、名前もまだ無いし、これから続くとはわからない。しかし、この4人の組合せは1回や2回で終ってしまうにはあまりにも惜しい。
まず楽器編成がおもしろい。フィドル、ボタン・アコーディオン、ブズーキまでは珍しくないが、これにパーカッションが入るところはユニークだ。
そしてこのパーカッションが鍵なのだ。熊谷さんはアイリッシュが好きでこの世界に入ったのではないという。tipsipuca + の時に中村大史さんから誘われて初めてアイリッシュをやるようになったのだそうだ。中村さんが一緒にやりたいと思ったことは軽いことではない。
昨日の組合せも、岡さんが一緒にやりたい人としてまず頭に浮かんだという。これもまた軽いことではない。
ご本人に訊くともともとはパンクとかロックをやってました、というのだが、それだけで終らないものを熊谷さんは持っている、と中村さんや岡さんは感じたわけだ。そして、沼下さんや田中さんも進んでそれに乗ったわけだから、ますますおもしろいことになる。
アイリッシュのためのドラミングがロックのためのものと根本的に違うのは、アイリッシュではビートをドライヴする必要が低いことだろう。アイリッシュ・チューンのビートはメロディのなかにすでに備わっている。外部から補強する必要はない。ギターやブズーキやバゥロンがセッションでは余計と言われるのはこのためだ。アイリッシュではパーカッションはメロディの隠れた構造を明らかにして、ダイナミズムを増す方向に作用する。当然そこにはかなり繊細な感性とここぞというところで切り込む大胆さの同居が求められる。もっとも優れたパーカッショニストはこの二つを兼ね備えているものだ。本来それはロックのドラマーでも同じで、ジム・ゴードンやデイヴ・マタックスを見ればわかる。アイリッシュのためのドラマーとしてはレイ・フィーンにまず指を折る。スコッチだがジェイムズ・マッキントッシュはレイと双璧だ。熊谷さんにはホーンパイプではシェイカーを使ったりするセンスもある。一方で、ロックのドラミングの語法をさりげなく入れる大胆さもある。ああいう人たちに並ぶ可能性がある、と昨日の演奏を見聞して思う。
それが最初に現れたのは3曲目のジグのメドレー。リールに比べるとジグはやはりパーカッショニストが腕をふるいやすいのではないか。この後もジグでの演奏が生き生きしている。これがリールになると、曲により添うよりも曲から離陸する傾向が出る。岡さんのブズーキともども遊びだすのだ。それには沼下、田中のリード楽器が二人ともトヨタ・ケーリー・バンドで鍛えられていることもあるかもしれない。この二人によるリールはドライヴ感がぴたりと決まって微動だにしない。ご本人たちはケイリー・バンドの時とはちがってのびのびやれて楽しいと言われて、それも実感ではあろうが、聴いている方としてはそれはもう見事に決まっていて快感なのだ。
この快感はこれまでのわが国のアイリッシュ系の演奏ではあまり味わったことがない類のものだ。『ラティーナ』の座談会で出ていたアイリッシュのノリを出すために苦労された成果だろう。
岡さんもきゃめるの時とはやはり違って、昨日はどちらかというとドーナル・ラニィ流に聞えた。アンサンブルの裏でリスナーに向かってよりはむしろ一緒にやっているプレーヤーに向けて演奏し、全体を浮上させる。表面に聞える音としては目立たないが、全体の要を押えている。
今回のライヴそのものが、岡さんと沼下さんの酒の席での思い付きから生まれたのだそうだ。だから「ビール祭り」。というので、昨日はふだん見かけないビールもいろいろ用意されていた。あたしは名前に惹かれて「水曜日のネコ」というのを選んだ。ベルギーのホワイト・エール風のものとて、なかなかに美味しい。
高梨菖子さんがお客として来ていて、飛び入りしたのも良かった。1曲はご本人の作曲になる日本酒ジグ・セット。山口、岩手、新潟のそれぞれ銘柄をモチーフにしているやつだ。それにしても、このあたりの女性プレーヤーたちは酒豪が多いらしい。だからアイリッシュに惹かれるのか。もう1曲はアンコールのポルカのセット。高梨さんは演奏しながら作曲するように見える。ユニゾンをやっているかと思うと、ぱっとはずれて勝手なフレーズを吹きだすのだが、それがちゃんとはまっている。
即席のバンドのはずだが、アレンジは結構入念にされていて、そこも気持ちがいい。選曲も沼下さんと田中さんがそれぞれにやりたい曲を選んで適当につなげた由だが、組合せも適切だし、定番と珍しい曲がうまく混ぜてある。この人たちはそういう才能もあるらしい。
というわけで、音楽にもビールにも気持ちよく酔っぱらってしまい、話しこんで、あやうく終電を逃すところだった。ごちそうさまでした。次回のライヴを待ってます。そして、ぜひ録音も。(ゆ)
コメント