冷静に見ると、このバンドは tipsipuca + のギターが中村さんから河村博司さんに変わっただけなのだが、初めてこの編成でやると聞いたときにすでにまったく別のバンドという印象を受けたのだった。どういうことになるのか、まるで予想がつかなかった。この日のライヴが楽しみだったのも、そこである。どうなるか、わからない。そこが面白い。だから、ちょうど同じ時刻に、しかもすぐ近くでジョンジョンフェスティバルやザッハトルテがやると聞いても、乗り換えようなどとは思わなかった。いささか乱暴かもしれないが、あちらはどういうことになるか、だいたい予想はつく。もちろん行けば新たな体験ができるだろうし、思わぬことも起きるだろう。しかし、それでもまず「想定の範囲内」でもあろう。こちらはとにかく、お先真っ暗なのだ。あたしは生来「新しもの好き」なのだ。
そしてその期待はみごとに応えられた。それとも、裏切られた、とこの場合言うべきだろうか。つい先日のホメリでのビール祭りも新たな生命体の誕生に立ち合えたのだが、ここでもまたひとつ、新しいバンドが誕生していた。その両方に熊谷さんがいるというのも偶然ではないだろう。
河村さんが入ることはいろいろな意味で面白い。まず、メンバーの年齢の幅が大きくなる。伝統音楽では年齡の違う人たちが一緒にやることは普通だ。マイコー・ラッセルとシャロン・シャノンとか、ジョー・ホームズ&レン・グレアムとか、ダーヴィッシュとか、わが国の内藤希花&城田じゅんじとか、最近では Ushers Island とかがすぐに思い浮かぶ。年齡が違うというのは、体験が異なる。すると音楽も違ってくる。違う音楽が混ざりあうのは「異種交配」のひとつの形であり、「混血」は美しくなるものだ。熊谷さんも言っていたが、同じビートを刻んでも、ギターの音が違ってくる。
たとえばリールやホーンパイプでも、きゃめるの時よりもわずかにゆっくりのテンポで、メロディの面白さが引き立つ。河村さんのギターの刻みによるのだろう。
〈Growing〉についてのMCで熊谷さんが、この曲を tipsipuca + でやるときは、米や麦の芽が出てすくすくと育ってゆくイメージなのだが、キタカラでやると、すでに育ってわさわさと茂っている感じになる、というのは、河村さんと中村さんのギターの違いを言いあてて妙だった。
河村さんはずっとロックをやってきた一方で、ドーナル・ラニィたちとの共演も体験している。アイリッシュのコアと最先端を両方同時に体験している。今盛りのわが国アイリッシュ・シーンで活躍している人たちでもなかなかできない。年の違いはこういうところにも出る。
河村さんが加わるもう一つの成果は曲、レパートリィも拡がることだ。河村さんのオリジナルもよかったし、なんといっても、アンコールの〈満月の夕〉はこういう組合せで初めて出てくるものだろう。それにしても河村さんのヴォーカルは初めて聴いたが、みごとなものだ。グレイトフル・デッドがジェリィ・ガルシアとボブ・ウィアの二人のシンガーによってレパートリィを多様化していたように、SFUでもやれたのではないかと妄想してしまう。
〈満月の夕〉では熊谷さんも達者なヴォーカルを披露した。ケルト系のすぐれた打楽器奏者はほとんどうたわないが、熊谷さんは、カレン・カーペンターとは言わないが、レヴォン・ヘルムになれるかもしれない。
このバンドは、だから三つの、それぞれに出自の異なる音楽が一緒にやることで生まれる相乗効果を狙っていて、それはまず120%目標を果たしていた。高梨さんと酒井さんの演奏も、明らかにきゃめるや tipsipuca + の時とは違う。それが最も良く出ていたのは、後半の〈ナイトバザール〉、そしてアンコール前の〈The Mouth of the Tobique〉メドレーだ。後者は演奏は「めちゃめちゃ」だったが、それはそれは楽しかった。
この日の予想のつかなさの最たるものは、けれども、もう一人のゲストだった。SFUとかつて同じ音楽事務所に所属していて、河村さんが録音について教えたという縁と、酒井さんの幼馴染でもあるという二重の縁による Azumahitomi さんである。あたしは名前を聞くのも初めてだったが、そちらの方面では名の通った方だそうだ。Azuma さんはシンガーとしての参加で、彼女がうたった〈サリー・ガーデン〉が最大のハイライトだった。ゲストとして呼ばれて序奏が始まって、あー、またこれかよ、と内心覚悟したのだが、うたいだした途端、思わず坐りなおした。後で聞けば、この曲はメジャー・デビューしたアニメのテーマ曲の「B面」だったそうで、うたいこんでもいるのだ。このうたを小細工もなく、真向正面からうたわれて、こんなに感動したことは初めてだ。正直、今さらこのうたでこんなに感動するとは思わなかった。
Azuma さんのうたは後半の〈ダニー・ボーイ〉も、彼女のオリジナルもすべてすばらしかった。宅録の第一人者とのことだが、この人はまず第一級のうたい手だ。バンドの演奏も単なるバック・バンドではない。〈サリー・ガーデン〉では、間奏で酒井さんがメロディをぐんと低い音域で弾いたのも絶妙だった。こうなると、キタカラもカルテットのみならず、リード・シンガーを入れたクィンテットというのもいいのではないかと思えてくる。少なくともあたしとしてはその形を見たし、聴きたい。
この日は三つの音楽の流れのファンが集っていたようで、それぞれのファンが互いに他のミュージシャンたちのファンになっていたようだ。「異種交配」にはそういう効果もある。
キタカラにはぜひぜひ続けて、いずれは録音も出していただきたい。そしてこういう試みが、他でも現れてくれることを期待する。(ゆ)
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