最大のお目当ては Colleen Raney のうただったのだが、これはいささか宛てがはずれた。Hanz Araki Trio ということで、メインはアラキさんのフルートでかれもすぐれたシンガーだ。レイニィはもっぱらバゥロンとコーラス。リード・ヴォーカルをとったのは2曲ほど。これではそのうたが良いだけに欲求不満が溜まる。とはいえ、全体としてはとても良いライヴで、宛てがはずれたのも些細なことになった。

 ジョンジョンフェスティバルとハンツ・アラキ・トリオという組合せから予想していたのとは、これまたいささか違った。JJF はちょうど新曲が生まれる波が来ているところらしく、こちらがメインのプログラムなのだが、それらの曲はどれもこれまでとはいささか違って、じっくりと聞かせるもの。ダイナミズムにあふれたアレンジは変わらないが、聴く方は集中して耳をすませることが求められる。というより、自然に身を乗出し、耳をすませている。吸い込まれる。見ていたポジションが上から見下ろす形なので、渦巻に吸い込まれる感覚。

 バンドとしての練度はまた上がっていて、どんなに演奏が熱くなっても、精密さは落ちない。雑にならない。これは気持ちがいい。とりわけじょんのフィドルは、また腕が上がったように思えた。この寒いのに、しかもコンクリートの床なのに、あいかわらず裸足だ。演奏している間は熱いんです、というが、こういうところはやはり若さと、そして天然さだ。うたもよかった。

 うたといえば、トシさんがバゥロンを叩きながらやった即興のラップもよかった。バゥロンとラップはとても相性がいい。ヒップホップのアーティストで、タイコの類を叩きながらやる人はいるのだろうか。もっともバゥロンを叩きながらラップをやるのは、バゥロンの腕がある水準を超えないと難しいだろう。こういう試みはもっと聴きたい。内容も挑戦してほしい。

 ハンツ・アラキさんの生を見るのは初めてだ。かれはもう何度も来日、というより毎年のように来ていることは知っていたが、どういうわけかこれまでチャンスがなかった。アルバムはどれもバランスのとれた、水準の高いものだから、ライヴは見たいと思ってはいた。

 1曲めを尺八で始める。これはもっと聴きたかったが、やはりなかなか難しいのかと訊くのは忘れた。フルートの安定感がすばらしい。フルートというのは厄介な楽器で、音量の大小は無いのに、安定した音の流れを生むのは難しいらしい。吹きこむ息の速度と量を一定にする必要があるからだろう。一方で名手のフルートの安定感は、パイプすらしのぐところがある。この気持ちよさは他では得難い。ホィッスルはこういう安定感とは無縁だ。

 トリオの肝を握るのはギターの福江さん。3年ほど一緒にやっていて、毎年秋のトリオの日本ツアーをマネージメントしてもいる由。今年はアメリカ・ツアーにも同行し、新録も作ったそうで、その新作は来春のリリース。この日はツアー・Tシャツを買うと新録をプレゼントします、という出血大サーヴィスをやっていた。もちろん買いました。

 福江さんのギターを生で聴くのはもう十数年ぶり。Butter Dogs の下北沢でのライヴ以来だ。ミホール・オ・ドーナル〜ドノ・ヘネシーの流れを汲むスタイルだが、時々入れる独自の煽りが楽しい。アラキさんのフルートはどちらかというと地味なので、この煽りがちょうど良いアクセントになって色をつける。

 国内でも GNY Trio や TNY Trio などの活動を活発にやっているようだ。それにしてもトリオが好きなんですな。もっともアメリカではフィドラーが加わってカルテットでやっていたという。

 レイニィさんのうたは録音よりはあけっぴろげだ。ライヴではその方が良いと聞える。音楽はTPOだとあらためて思う。アラキさんとのデュエットでうたった〈Peggy-O〉がハイライト。こうして聴くとグレイトフル・デッドによるこのうたの演奏はかなり伝統に近いとわかって、面白い。この曲をデッドがやっていることを、お二人がちゃんと知っていたのも興味ぶかい。

 アメリカのバンドということもあって、もっと派手なスタイルを予想していたのだが、このバンドの美意識は抑制のきいた、内向的な性格のものらしい。アイリッシュやケルトの一般的なイメージとは別の、聴く側からの積極的なアプローチを誘う、静謐といっていいくらいの音楽だ。そしてこちらの方がアイリッシュの伝統に添ったものでもある。アイリッシュ・ミュージックの核心には、哀しみがある。だからこそにぎやかにやるわけだが、この哀しみがあるために脳天気にならない、なれない。それにしても、アラキさんの性格もあるのか、これに比べればジョーニィ・マッデンなどはヤンキーそのものだ。もっともソラスのシェイマス・イーガンには通じるところもあると見えた。

 ハンツ・アラキ・トリオは来年も新作を持って来日することが決まっているそうだ。できれば録音に参加したフィドラーも連れてきたいと福江さんは言っていたから、期待しよう。

 打ち上げではアラキさんが豚骨ラーメン好きということがわかって盛り上がる。その割にはまだ桂花をご存知ないというので、ぜひ、お試しあれと薦める。桂花の店は一風堂のように綺麗ではないが、味は後者の及ぶところではない、とあたしは思う。

 会場のぬいはしゃれたインテリアだが、位置付けとしてはユースホステルになるらしい。宿泊客は外国人がメインのようで、ライヴの最中に外出から帰ってきた人たちも何組もいた。中には通り抜けようとして立ち止まり、聴きほれて喝采している人もいる。食事をしようとやってきて、イベントをやっているので諦めて帰る人たちも多い。

 ジョンジョンフェスティバルは昨年、ここでレイチェル・ヘアとジョイ・ダンロップとのジョイント・ライヴをやっている。その好評をうけて、このイベントということになったそうだ。Vol. 1 ということは今後も続くと期待する。あたしにはちょと遠いが、この会場ならぜひ行きたい。ビールも旨い。電車はまだ余裕があると思って出たが、帰りの方が時間がかかり、結局終電ぎりぎりになってしまう。深夜の銀座四丁目の交差点は、祝日の夜からか、閑散としていた。(ゆ)