このタイトルは大袈裟なようだが、嘘いつわりのない真正直なものだ。聴けばそれがわかる。うたうことのよろこび。うたうことができることのよろこび。アルバムを作ることができるよろこび。こうしてうたをシェアできる、ともに生きることができるよろこび。そのよろこびはほとんど限りない。そして、今、このうたが聴けることを、河村さんがこのアルバムを作ってくれたことを、あたしは限りなくよろこぶ。

 そのよろこびには、しかし、わずかだがやりきれなさも混じる。この声を、このうたを、ソウル・フラワー・ユニオンの中で聴きたかった。

 河村さんがシンガーとして尋常ならざるものを持っていることを初めて知ったのは、5月にキタカラのライヴを見た時だ。その時も思ったことだが、こうして1枚、アルバムを聴いて、そのヴォーカルにじっくりとひたってみると、デッドのように、ユニオンも2枚看板のヴォーカルでやれたのではないかとあらためて思う。デッドほど対等に並び立つのではなくとも、一晩で2、3曲でも河村さんがうたうことで、また別の世界が開けた可能性は大いにあると思う。

 もっとも、あの当時、これだけのうたを河村さんがうたえたかどうか、それはわからない。バンドを離れて以来の体験があって初めてこのうたが可能になったことはありえる。最近ボブ・ウィアのソロ・ライヴ映像を見て感服したが、デッドが現役の時にこんな風にはうたえなかったはずだ。

 まず河村さんの声がいい。張りのあるテナーで、かすかに甘みがある。よりかかったところがない、品の良い甘みだ。こういう甘みは、ロックやポップスのすぐれたシンガーの声には共通している。ヴァン・モリソンやロバート・プラントにもある。対照的に中川さんの声には甘みはない。それはロック・シンガーというよりフォーク・シンガーの声だ。リチャード・マニュエルではなく、ボブ・ディランだ。こういうことはバンドの中だけで聴いているときにはわかりにくい。ソロとしてうたうのを聴くとよくわかる。河村さんの声は人なつこい声でもあって、かすかな巻き舌がその声を、うたを一層親しいものにする。

 そして河村さんはうたがうまい。全部で72分という、CD限界まで詰めこんだこのアルバムの根幹をなすうた、開幕冒頭の〈渚から〉、〈ローリングビーンズワルツ〉、〈フラクタル〉、タイトル曲、ボーナス・トラックを別として掉尾を飾る〈やわらかな時〉といった曲は、どれもスローなバラードというのは、また別の意味がありそうだが、こうしたうたを、悠揚せまらず、歌詞を明瞭に、安定感をもってうたう。スローなうたで、伸ばさない音がきっちりと支えられるのは実に気持がいい。〈青天井のクラウン〉の二度目のコーラスで一部力を抜いてうたうのがたまらない。

 特に美声でもないし、強い印象で迫ってくる声ではないのだが、人なつこい甘みのある声とうたのうまさ、そして、とにかくうたうことが大好きなその様子が相俟って、聴くほどに深みを増し、また聴きたくなる。

 河村さんを入れて57人のミュージシャンが織りなす世界は多彩だ。ロックンロール、ブルーズ、レゲエ、ポップス、そしてスロー・バラード。入念に作りこんだ、シングル・ヒットしない方がおかしいと思える曲もあれば、自身のエレキ・ギターとアコーディオンだけでうたわれる、きらりと光る小品もある。とはいえ全体としては河村さんの作る曲はすぐれたポップスのセンスが筋を通している。そして時に[11]のように思わず迸りでてしまうこともあるが、いつもは慎重に隠されているユーモアの味。こうした感性もSFUを離れてから身につけたのだろうか。これだけ大勢の、それぞれに個性の強い人たちから持ち味を引き出し、その貢献を裁いて、質の高い音楽を組み上げた河村さんのプロデューサーとしての腕も大したものだ。録音が良いのも嬉しい。

 次はキタカラの録音になるだろうか。ここにもその先駆けと聞えるところもある。とはいえ、まずは、このアルバム、シャッフルではなく頭から通して聴ける、そう聴いて楽しいこのアルバムを何度も聴くことになるだろう。(ゆ)


ミュージシャン
河村博司
朝倉真司
Alan Patton
荒谷誠人
Azuma Hitomi
磯部舞子
伊丹英子
伊藤コーキ
伊藤大地
伊藤ヨタロウ
岩原智
うつみようこ
大久保由希
大熊ワタル
太田惠資
大槻さとみ
奥野真哉
オラン
鹿嶋静
勝山サオリ
我那覇美奈
熊谷太輔
熊坂路得子
クラッシー
小平智恵
小山卓治
佐藤五魚
信夫正彦
白崎映美
鈴木正敏
高木克
高木太郎
多田三洋
Tsunta
塚本晃
寺岡信芳
徳田健
中川敬
中田真由美
中村佳穂
ハシケン
はせがわかおり
福岡史朗
福島ビート幹夫
藤原マヒト
本夛マキ
みっち
茂木欣一
森信行
モーリー
矢野敏広
ユキへい
リクオ
ティプシプーカ
桃梨

トラック・リスト
01. 渚から 6:46
02. この雨に濡れながら 5:37
03. 青天井のクラウン 3:12
04. ワルイ夢 3:03
05. ローリングビーンズワルツ 6:36
06. フラクタル 6:17
07. 嵐に揺れて 5:00
08. あのコと部屋とギターと 4:43
09. あなた 3:00
10. 風に乗って 2:34
11. 愛のテーマ 3:36
12. よろこびの歌 6:59
13. ウチウのテーマ 2:05
14. やわらかな時:イントロダクション 0:46
15. やわらかな時 6:13
16. 満月の夕 5:49

Produced by 河村博司
Recorded @ ウチウスタジオ, 2017-06/09
Drums Recorded @ Orpheus Studio 小岩, 2017-06-26
@ Mannish Recording Studio, 2017-06-20, 22 & 07-14
@ Sound Lab Oiseau, 2017-07-19
@ Ginjin Studio,2017-07-26
Mastered by 木村健太郎 @ Kimuken Studio, 2017-09-11


よろこびの歌
河村博司
ウチウレコード
2017