バンドとして初のCDを録音して、年明け1月14日にリリース、27日にリリース・ライヴ、と発表された。めでたい。
アルバムを録音するのはいろいろな意味でプラスになると思う。まずはパブリシティになる。ライヴに徹するのだ、というのも一つの姿勢だし、グレイトフル・デッドのように、スタジオ・アルバムを作るのがヘタないし苦手、というケースもあるが、一般的に言って、アルバムを録音してリリースすることはバンドの存在感を飛躍的にアップする。ライヴには行けない人たちもその音楽を聴ける。ネット上で一部ないし全部を公開して、サンプルにできる。名刺の代わりに渡せる。
もう一つ大きいのは、音楽の側面だ。録音するとなれば、あらゆる面できっちり詰める必要がでてくる。まあ、ふだんライヴでやっているままスタジオでもできる人たちもいるだろうし、そういう録り方もあるだろうが、ふつうはスタジオで、自分たちだけで録る。となると、ふだんは目立たないアラが目立ったり、気にならなかったいい加減さが気になったりしてくる。
昨夜の演奏にはそうした録音のプラスの面がよく出ていた。アレンジがさらに精妙になるとともに、それがあまり表に出ていない。アイリッシュ・ミュージックというのは、アレンジの妙がわかってしまうと活力が減ることが多い。普通のポピュラー音楽なら、いいアレンジとか、プロデュースの匙加減のよさとかは、そのままプラスになるが、アイリッシュはその部分が目立つと音楽全体として整えられ過ぎていると感じられるのだ。だから、絶妙のアレンジをしておいて、なおかつそれがアレンジをしているとは聞えない、ごく自然にそうなっている、と聞えるのがアイリッシュの理想、少なくともアイリッシュ・ミュージックの録音の理想だと思う。こういうところがあたしなどには面白くて、そういう録音はたいてい何度も聴きこむことになるが、聴きこんでゆくと、はじめは単純に聞えていたのが、練りこまれたアレンジであることがだんだんわかってくる。
このバンドは当初はフロントの二人のノリが安定感抜群で、後ろのリズム・セクションがいろいろに遊ぶというのが基本だった。昨夜は、バンド全体のノリの安定感が一段増し、その上で、バンド全体で揺れている。自然なグルーヴが生まれている。この安定しながら浮揚する感覚は、これまで国内のバンドで味わったことがない。
大きく作用しているのはやはり熊谷さんのパーカッションだろう。アイリッシュをやっていたわけではないことが、プラスになっている。ビートを細かく分割して、適宜差引き、あるいは足すのが原則と思うが、こういうパーカッションはこれまた国内外を問わず、アイリッシュやケルト系で聴いたことがない。バゥロンともむろん違う。ドラム・キットではレイ・フィーンに近いが、使う音はもっと多彩だ。ティプシプーカ・プラスやキタカラでの体験も経て、熊谷さん流のアイリッシュ・ミュージックでのパーカッションの叩き方を開発してきていると聞える。
岡さんのブズーキも変わってきている。2曲めのポルカや後半2曲めの〈あらしの夜に〉と題されたジグのメドレーでのリフが面白い。これまでのブズーキの一般的な奏法や役割から一歩とは言わないが半歩はみ出たところがいい。熊谷さんが結構奔放に飛びまわるのに対して、シュアに土台を支えるのも頼もしくみえる。
昨夜のまとまりの良さに貢献していたのはもう一つ、PAもある。この店はブルーグラスのライヴも多く、そこでよく使われる形で、中央に1本マイクを立て、これですべての楽器、演奏者の音を拾う。店のマスターの提案だそうだが、レベルの調整も良いのだろう、バランスも良く、音が自然で、ことさらに強調した感じがない。はじめ生音かと思ったほどだ。ミュージシャンたちも各々のマイクから解放されて自由だし、マイクとの距離や方向の変化で音量の変化がつけられるのもよいと喜んでいた。アイリッシュのPAのやり方として、研究の価値はあると思う。
沼下さんが仕事の関係で突如仙台に転勤になり、リハーサルもままならないと言っていたが、そういう条件の悪さは良い方に作用しているようだ。人間、あまりに条件が整いすぎるとたいてい良い結果にならない。条件が悪すぎて地獄になるのも困るが、天国に行っても、まともな音楽はできないだろう。仙台はジャズの街だそうだが、アイリッシュのファンも今時いないわけではないだろうし、今このバンドは旬になろうとしているから、これをチャンスとして仙台を起点に東北ツアーというのも考えられるのではないか。
実はデビューCD《BLOW》のマスタリング前の音源を聴かせていただいているが、出来はすばらしい。今年は O'Jizo、hatao & nami、Toyota Ceili Band、中村大史、きゃめる、Groovedge、内藤希花、城田じゅんじ、山本徹也などなどと豊作だったが、来年もまた豊作であることを予告するような内容だ。かれらのファンだけでなく、アイリッシュ・ミュージックのファンなら楽しみにしていい。
岡さんが風邪を引いてるとのことで、鼻をすすりながらの演奏だったけど、こちらも風邪気味で、薬でかろうじて抑えている状態だったが、いい音楽を聴けば免疫力もアップする。帰り道はるんるん。(ゆ)
セツメロゥズ
沼下麻莉香: fiddle
田中千尋: accordion
岡皆実: bouzouki
熊谷太輔: percussion
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