デイヴ・フリンはこのツアーの告知で初めて聞く名前で、まったく何の予備知識もなく、ライヴにでかけた。聞けば5年前2013年にやはり小松さんの手引きで初来日しているそうな。
結論から言えば、すばらしいミュージシャンに出逢えたことを感謝する。この人は確実に新しい。本人はポール・ブレディ&アンディ・アーヴァインとかボシィ・バンドを聴いて伝統音楽への興味を掻きたてられたと言うが、やはり世代は着実に代わっている。もちろん、あの世代とは天の運も地の時も違う。あの時代には、若い世代が伝統音楽をやることそのものが大変なことだった。伝統音楽はアイルランドにあっても、「田舎のジジババ」のやるものだったのだ。都会の若者たちにとっては1にも2にもロックンロールだった。それをひっくり返したのがクリスティ・ムーアであり、ドーナル・ラニィであり、ミホール・オ・ドーナルであり、あるいはアレック・フィンであった。
しかし時代は変わって、このデイヴ・フリンのように、伝統音楽からクラシックからジャズからロックから、興味のあるものは何でもやってしまう、そしてそうしたジャンルの垣根を溶かしてしまって、どれにとっても新しいものを生み出している人たちが現れている。Padraig Rynne や Jiggy などもそうなのだろう。キーラはその先駆とも言えるかもしれない。そして、あちらではあたしなどが知らない、優れた人たちが、おそらく陸続と現れているのだ、きっと。
フリンはまずギタリストとして出色だ。Wikipedia などの記事を見ると、エレキ・ギターでロックを弾くことから出発しているようだが、それにしては細かいニュアンスに満ちた、繊細なスタイルだ。メロディとリズムを同時に弾くところなどは、リチャード・トンプソンにも通じる。トニー・マクマナスよりはジョン・レンボーンだろう。ピックは使わず、コード・ストロークは中指以降の3本で上から叩くようにする。
小松さんによればチューニングも特殊で、上4本をフィドルやマンドリンと同じにしているという。ダンス・チューンのメロディを弾くとき、うたの伴奏をするとき、小松さんのフィドルの相手をするとき、それぞれにチューニングを変えていた。
ギターでダンス・チューンのメロディを演奏するのも、アイルランドでは少なくともあたしは初めてだ。ブズーキやマンドリンでメロディを演奏する人たちはいるが、ギターでは皆無というのがこれまでの認識だった。アイルランド以外ではトニー・マクマナスがいるし、ディック・ゴーハンもやるし、マーティン・シンプソン、ピエール・ベンスーザン、Gille de Bigot、Dar Ar Bras、Colin Reid などなど多彩な人たちがいるが、アイルランドではいなかった。Sarah McQuaid はアイルランド録音しているが、もとはアメリカ人だ。
どちらかというと遅めのテンポ、装飾音を忠実につけてゆくよりは、ベースやコードも付けながら、全体のイメージを重視する。音量は大きくはないが、明瞭で、メリハリがある。どこかジャズの、それも80年代以降のギタリストたち、ジョン・スコフィールドとか、最近のカート・ローゼンウィンケルあたりに通じるところもある。ジャズのような即興をやるわけではないが、音楽から受ける印象が似ている。クールで控え目でクリア、一方で注ぎこまれているエネルギーの量、そこで燃えているものの大きさはハンパではない。
2曲ほど披露したうたもいい。伝統音楽を直接ベースにしているものではないが、アイルランドからしか出てこないものでもあると聞える。ジミィ・マカーシィやノエル・ブラジルたちともまた違う。やはりもう少しジャズ寄りだ。
全体に押し出しではなく、引っ込んで、聴く者の集中を誘う。
同じことは後半、小松さんのフィドルに合わせたときにも言えた。相手を煽ることはしないが、ただ着実に土台を支えるというのでもない。音量は小さく、客席に聞かせるよりは、相手のプレーヤーに向かって演奏している。当然といえば当然だが、人に聴かせるときには、少なくとも並んで、ともに聴かせようとするのが普通だ。デニス・カヒルですら、ひたすらマーティン・ヘイズに注目しているものの、全く聴衆を無視しているわけでもない。周りにどう聞えるかは意識している。フリンも聴衆を無視するところはないが、かれにとって聴衆はいわば意識の外にあるのだろう。
そしてその効果、相手のプレーヤーに対する効果ははっきりしていて、小松さんのフィドルは着実に熱を発してくる。もともとかれのフィドルの響きがあたしは大好きなのだが、独特のふくらみを孕んだその響きが一層艷やかになる。エロティックと言いたいくらいだ。いやらしいところはまったく無い、フィドルという楽器に可能なかぎりなまめかしい響きが引き出されてくる。
年末からずっとグレイトフル・デッドのライヴ音源をひたすら聴きつづける毎日で、一昨日、ようやくそれが一段落した直後だったから、この二人の生の音はことさらに胸に染みる。こんなよい響きで聴けるのは、やはり生の、ライヴの場での特権だ。
今年のライヴ初めは、かくてまことにめでたい一夜となった。デイヴ、小松さん、そしてグレインの加藤さんに心から感謝する。ごちそうさまでした。
小松さんとは3月11日、下北沢の B&B で、アイリッシュ・フィドルの講座を予定している。本に囲まれたあの空間で、小松さんのフィドルの響きを聴くだけでも、足を運ばれる価値はあるでしょう。(ゆ)
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