結成してようやくそろそろ1年になろうか、いやまだ正確にはなっていないとあらためて言われて、あの「春のビールまつり」がすでに遠いことのように思えるのは、年のせいだけではどうやらないようだ。ファースト・アルバム製作を経て、バンドは着実に成長し、有機体として動くようになっている。沼下さんが仙台在住で、リハーサルもままならないという事情もあるのか、冒頭の1曲はいささかもたついたが、メートルが上がってくると、演奏も滑らかになる。2曲めからはぐんとタイトになり、3曲めではぴったりだ。
昨日はとにかくブズーキの音がよく響いて、気持ちがいい。PAの調整のせいか。パーカッションに埋もれることもなく、フロントを浮上させる動きが手にとるようにわかる。コード・ストロークでは低めにコントロールするし、〈マルシェの散歩道〉のリフは太くふくらむ。〈午前2時の千鳥足〉ではまるで打楽器のようだ。とにかくキレがいい。
ところが、たまたま部屋の反対側の窓際に座っていた人は、逆にブズーキの音が沈み、パーカッションが大きく響いたのだそうだ。終演近く、トイレに立ったとき、ブズーキが明瞭に聞えるので驚いたそうだ。言われれば、あたしのところではパーカッションはそれほど大きくなかった。小さな小屋ではあるが、座る位置によって、聞え方に大きな違いが出るらしい。
とまれ、これまでとはまるで別の楽器のようにブズーキがキレるので、それに乗るフロントの響きもまた気持ち良くなる。昨日はゲストに高梨菖子さんがホィッスルで入った。笛が入るとアンサンブルに厚みが出る。高梨さんは結構ハーモニーをつけたり、いきなり高い音域に遊んだりもするのが楽しい。
フロント二人の安定感にはますます磨きがかかり、そうなるとバンド全体がキント雲と化す。第二部オープニングは、いつもなら打楽器抜きで始めるのだが、今回はフル・バンド。これがすばらしかった。とりわけ後半のリールに興奮する。
パーカッションは何をやっているかというと、ブズーキも含めて前の3人を浮上させる。とともに、メロディの変わるところ、フレーズの切れ目、曲のつなぎを提示している。パーカッションを追っていると、メロディがよりはっきりと聞え、入ってくる。
他の音楽なら打楽器は拍、ビートをキープしたり、フロントを煽ったり、時にはフロントに対抗したりするわけだが、アイリッシュでは役割が異なる。アイリッシュではビートはメロディに埋め込まれている。メロディを演奏すればビートが伴なって出てくる。打楽器がこれを強調しようとすると、たいていはドライヴするよりも足を引張る。
熊谷さんはそのことには最初から気づいていて、そうならないように細かい配慮をほどこしていた。それが堂に入ってきた。配慮しているとはもうわからないくらい自然だ。最初は難曲に聞えた〈Waterman's〉も、ごく普通に楽しい。
このバンドはフロント二人の趣味のせいか、伝統曲が多く、そこがまた愉しいが、ハイライトは第二部冒頭とともに、第一部終り近くの〈ヒコーキ雲とびぃる〉。ホィッスルが入っても音が水膨れにならない。むしろ、これが一番タイトに引き締まっていたように聞えた。
こうなると、もっと長く聴きたくなる。ライヴ全体もだが、一つのセットを聴きつづけたい。どうも、終るのがもったいなく感じる。ケイリ・バンドのように3時間ぶっつづけ、とは言わないが、3曲で終らず、5曲、6曲と続けるのがあってもいいと思えてくる。こういうタイトな演奏をするバンドは、わが国では今ちょっと他に見当たらない。比べると皆さん、結構奔放にやっている。メンバーそれぞれの事情もあり、大変ではあろうが、ぜひ、ライヴをできるだけ頻繁に重ねていただきたいと願う。
それにしても、「ビール祭り」から始まったせいか、このバンドは酒が強いのう。(ゆ)
セツメロゥズ
沼下麻莉香: fiddle
田中千尋: button accordion
岡皆実: bouzouki
熊谷太輔: percussion
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