フィドルが重なる音には胸がときめいてしまう。3本、4本、あるいはそれ以上重なるのも各々に良いけれど、2本の重なりには、どこか原初的な力を感じる。それも、伴奏もないフィドル2本だけの音には、ひどく甘いところと峻厳なところが同居している。どこまでも気持ち良いのだが、その気持ち良さに背筋を真直ぐにさせるものが含まれる。

 これはアイリッシュに限られないし、ユニゾンでなくてもいい。ウェールズには無伴奏2本フィドルの伝統があるが、ここではメロディは片方でもう片方はドローン的な演奏をする。ハンガリーには、特有の三本弦のリズム専門のフィドルがあって、普通のフィドルと組む。リズム専門のフィドルは弦が山なりではなく、フラットに並んでいて、三本が垂直になるように持ち、弓も当然真直ぐ上下に引く。

 とはいえ、ユニゾンの2本フィドルの響きは格別だ。と、昨夜のライヴを体験してあらためて思う。アンコールのセットで、各々が1曲ずつソロで弾き、最後の曲を二人で弾いたのは、2本のユニゾンの威力をまざまざと叩きこんできた。今夜の気持ち良さの源を確認させられた。

 大木さんはカナダ出身だし、原田さんはオールドタイムが原点だそうだが、昨夜はほとんどがアイリッシュで、それもあまり聴いたことのない珍しい曲が多い。これも気持ちが良い。聴いたことのない佳曲を生で初めて聴くのは歓びなのだ。まあ、初物を歓ぶのはすれっからしの証なのかもしれない。録音でも、知っている人と名前を初めて聴く人の録音が並んでいると、知らない方を選ぶ。知らない蕎麦屋を見つけると、とにかくモリの1枚でも食べたくなるのと同じだ。

 一応ソースも紹介されるのだが、知らない人ばかりなのも嬉しいし、一方で Yvonne & Liz Kane の名前が出てくるのも、をを、聴いたことのある名前だ、あの録音は良かった、と嬉しい。フランス人でアイルランドのラジオを聞いてアイリッシュ・ミュージックにハマったという人も出てくる。ラジオは偉大だと思ったりもするが、今は YouTube が代わりだろうか。今、ジャズを盛り上げている人たちは YouTube を聴きあさっているそうでもある。

 前半の最後にオールドタイム、後半の初めにカナディアンが出てきて、これがまたいい。カナダはオンタリオの曲で、原田さんが指がツりそうと言っていたが、後で訊くと実際オンタリオの曲はフィドルでは弾きにくいキーを使ったりして、わざと難しくしている由。オンタリオでは独自のフィドル・コンテストが盛んで、それはオリジナル曲の面白さとそうした技術の高さを競うものなのだそうだ。オンタリオ出身というとピラツキ兄弟がいますよ、と大木さんに教えられる。もっともチーフテンズのステージではそういう曲はあまりやっていない。とはいえ、聴いている分にはたいへん面白いのは確かだ。ケベックとその周辺のフレンチ・カナディアンの曲にも面白い曲が多いが、そちらはそんなに難しくはない由。シャロン・シャノンが有名にした〈Mouth Of The Tobique〉はフレンチ・カナディアンがアイリッシュのレパートリィに入った代表だろう。

 原田さんはポルカが大好きだそうで、昨夜もたくさんやる。聴いていると原田さんのポルカはどこかオールドタイムにノリが通じるところがある。ポルカにはもともとそういう要素があるのかもしれない。

 大木さんは何よりもリールが一番しっくりくるという。もっともこの二人がやるリールは駘蕩としたところがあって、ノリにノってがんがん行く感じではない。むしろジグの方が速いと思えるくらいだ。

 はじめのうちは原田さんが昨年初めての海外旅行でアイルランドに行き、イミグレで30分引っかかった話などして、しゃべりが長くなりそうだったが、実際にはそんなこともなく、フィドルの音をたっぷりと浴びられる。いやあ、堪能しました。そう簡単には実現しないことは承知の上で、ぜひぜひ、またやっていただきたい。こういうのは、誰とでもOKというわけでもないだろう。今回は原田さんがセッションで知り合った大木さんのフィドルの響きに惹かれたのがきっかけと言う。

 そうそう、1曲だけ、ハーダンガー・ダモーレを大木さんが弾いたのも良かった。この楽器は Caoimhin O Raghallaigh が演っていて面白いと思っていたから、現物を見て、生音を聴けたのも嬉しい。もっとも共鳴弦があるから、チューニングはかなり面倒そうではある。

 ホメリの空間はこういう音楽にはぴったりだ。居心地がよくて、極上のセッションを友人の家で聴いている気分になる。ごちそうさまでした。(ゆ)