自宅を建てることは、死に場所を建てることである。この家の肝はその屋根、というより、中から見た天井、屋根の裏側すなわち不規則五角形の中心をずらした頂点から放射状に渡した扇垂木が、そのまま剥き出しになった空間だ。この家はその屋根を載せるためにある。本書冒頭、建主夫妻と堀部の座談の中で、「どのような屋根の下で死にたいか」という問いがこの屋根・天井につながった、と語られている。

 今は実際に自宅で死ぬ人は少ない。とりわけ、この家が建つような都市の一角ではほとんどいない。とはいえ、気分としては自宅は今でも死に場所だ。外で死んでも遺体が「帰る」先である。

 とすれば、自宅を建てる前に、どこで死にたいか、が問題となる。つきつめれば、それはまさに、どんな屋根の下で、あるいはどんな天井(含青天井)の下で死にたいか。

 どこで死にたいか、はまた、どこで死にたくないか、につながる。

 あたしは閉じこめられて死にたくない。土の中、水の中、エレヴェーターのような密閉空間の中、そういうところで死にたくない。

 家もまた密閉空間になりうる。

 もう一つ、自宅はつながれる。どこへ行こうと紐がついていて、その先は自宅に固定されている。

 自宅を建てることに念を入れれば入れるほど、そこに接続する力は強くなる。いつかは帰るところとしての牽引力が強くなる。自宅を建てようという人は、とりわけ、ここまで手間暇をかけて自宅を建てようという人は、そこで死ぬことを想定している。

 森有正のように墓にいつかは帰るところを見る人もいるが、おそらくそういう人はノマドの遺伝子が強い人だ。一つところ、あるいは生まれ育ったところに執着がない。というよりも、常に移動していないと落着かない。どこで死のうとかまわない。森はパリを終焉の地として選んだが、パリを第2の故郷としたとか、そこに根を下ろしたとかいうわけではない。パリは森にとって亡命の地であり、仮の宿だった。条件さえ合えばパリでなくともかまわなかった。ただ、森にとって亡命の地となりうる条件を備えていたのがたまたまパリだったにすぎない。

 自宅は死ぬまでの間、快適に過ごすためのものでもある。困難な体験をくぐり抜けて帰る場所、休息し、恢復するためのものでもある。くつろぐための仕掛けだ。そういうものが固定されている必要はもはや無い。今や自宅は移動可能だ。

 堀部は最近客船を設計した。これは住宅ではなく、ホテルだ。次に住宅としての船を設計することを期待する。確かにそれを必要とする生活形態はまだ存在しない。いわゆる水上生活ではない。移動する、常に移動しつづける生活だ。移動を必要とする生活形態は、地上では遊牧や放浪民のものとして続いているが、水上では歴史上にも存在しない。倭寇がおそらく最も近いだろうが、かれらにも「基地」はあった。基地を持たない生活、移動する船そのものが基地になるような生活。住宅を設計することで、生活様式を生みだせるか。フィクションの上でならヴェルヌの「海底二万里」のノーチラス号はおそらくそれに限りなく近い。原子力潜水艦のような、移動する基地としてのノーチラスではなく、その中で生活するためのノーチラス。

 建築とは現状に立脚しながら、未来を生み出す行為だ。未来が創造されてゆく「場」を生み出す行為だ。その建物を使うことによって、その軌跡が未来となってゆく。建築がその先へ行こうとするならば、建物を作ることによって、これまで存在しなかった生活様式を生むことだろう。

 阿佐ヶ谷の書庫を建てたとき、堀部はその形を応用した図書館を構想した。今度はホテル客船を応用した個人住宅としての船を設計してほしい。あたしが死にたいのは、そういう船の上だ。ヨットでもない。ヨットはあくまでも一時的に時間を過ごすためのものだ。そうではなく、常時棲むための船。その船が水の上を渡るだけではなく、星の海を渡るならば、もっといい。(ゆ)