ハモクリの対バンの相手として「踊ろうマチルダ」という名前を聞いたときに、すぐピンとこなかったのは、やはりそういう感性が鈍っているからであろう。妙な名乗りだと思いはしたものの、それが〈Waltzing Matilda〉からのものであると連想が働かなかったのは、我ながら、あまりに鈍い。鈍すぎる。最初のギター・インストのフレーズが、明らかにブリテンのトラディショナルのものを敷衍していて、その音階を使っていても、まだ、へーえ、こんなこともやるんだくらいだった。
がーんと一発やられたのは、3曲めにシーシャンティを唄います、と言ってやおら〈Lowlands Away〉を唄いだしたときだった。しかもアカペラである。本来のビートからはぐんとテンポを落とし、悠々と朗々と唄う。まさか、東京のど真ん中で、こんな本格的なシャンティの歌唱を生で聴けるとは。まったく意識せずに、Lowlands, lowlands away, My Joe と小さく合わせてしまっていた。
こうしたカヴァーはこれくらいで、ほとんどはオリジナルだが、そのそこここに明らかな「トラッド」の影響が聞える。影響というよりは借用と言ってみたい気もする。〈Lowlands Away〉にも彼の地の伝統へのリスペクトは明らかだが、一方で、そこからは一歩離れて、自由に使っているところも感じられる。音階とかフレーズとか具体的なものよりも、より精神的な、歌つくりの際のアプローチ、態度において、ブリテンやアイルランドのフォーク・ミュージックのそれに倣っていると見える。〈夜明け前〉〈風景画〉〈おとぎ話〉などの曲はいずれも一聴強烈な印象を残す。
とはいえ、ハイライトはラストの〈化け物が行く〉だった。その声と発音がもともと強力な歌詞をさらに増幅し、聴いていて体のうちが熱くなった。こういう体験は実に久しぶり。かつて辺野古の海岸で見た渋さ知らズやモノノケ・サミット以来だろうか。
この人はかなり人気があるらしい。少なくともこの日、会場に来ていた半分はかれのファンだった。清野さんが、ハモクリ初めての人と踊ろうマチルダ初めての人と挙手をもとめたとき、それぞれほぼ半分の手が上がっていた。むろんその人気に、かれの楽曲がブリテンやアイルランドの伝統音楽をその土台の一部にしていることはほとんど寄与していないだろう。しかし、こういう音楽を素直に受け入れている人が大勢いるというのは、正直、驚くとともに嬉しくもなる。というのも、かつては、この手の音楽には拒絶が先に立っていたからだ。
アイリッシュ・ミュージックの隆盛もひとつには与っているかもしれない。この日もアンコールでの共演でかれは〈Laglan Road〉を唄った。一方で、今わが国に行われているアイリッシュ・ミュージックは圧倒的にインストゥルメンタルだ。そして、踊ろうマチルダの音楽はあくまでも歌である。こういう人が現れ、そして受け入れられているのを見るのは、実に嬉しい。あえて欲を言えば、アンコールでは〈Laglan Road〉ではなく、それこそ〈Waltzing Matilda〉を唄ってほしかった。
ハモクリはブルターニュはロリアンで毎年開かれている Interceltic Festival の国際バンドのコンテストで優勝したそうだ。もっとももうそう言われても驚くほどのことではなくなってしまった。むろん、めでたいこと限りないが、今のハモクリなら、むしろ当然とすら思える。その時にやった曲〈St. Sebastian〉を、トリオでやったのが、個人的にはハイライト。もう一つのハイライトはアンコールの最後。
それにしても、終演後、出ようとしたら後ろで誰かが、「3人の結束がハンパない」と言っていたが、まさにその通り、完全に一個の有機体になっている。今回の収獲はしかしそれ以上に、ドラムスの田中祐司氏の融合ぶりが一段と深まっていたことだ。これを見てしまうと、かつてのかれはただ叩きまくり煽りまくっていただけとも思えるくらいに、すっかりアンサンブルの一員になっている。ドラムスが入るときにも、全体の一体感がまったく揺るがない。パワフル一方ではなくて、神経も細かく、小技も巧く、こう言っては失礼かもしれないが、すばらしいドラマーであることを改めて認識させられる。
これはやはり痛烈にカッコいい。ロリアンで優勝したなら、次は Celtic Connections かケンブリッジか WOMAD か。どこへ出ても、悠々と話題をさらうだろう。ベースにアイリッシュやケルトやブルーズがあることはまぎれもないが、ハモクリ・ミュージックとして確立している。次は11/24横浜で「ハモクリ祭」だそうで、そこではさらに鍵盤が加わるそうだ。うーん、残念、その日は別の用事が入ってしまっている。無理矢理動かしてみるか。
WWW はオール・スタンディングだが、段差がついていて、ステージが見やすい。天井も高く、音響もかなりいい。ただ、入口がひどくわかりにくい。もう一つの入口の別のライヴの関係者に訊ねてようやくわかったくらいだ。その人ももう何人も訊かれたと言っていたから、あたしだけではないのだ。(ゆ)
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