演し物は「宮島のだんまり」「義経千本桜 吉野山」「助六曲輪初花桜 三浦屋格子先の場」の三本建。

 「宮島のだんまり」は緞帳が引かれてもまだ内側の幕が降りていて、その前で平家の赤旗を二人の役者が滑稽な仕種で奪いあう。二人が引っこむと、着流し姿のお兄さんが内側の幕の裏から上手に出てきて、何やら台のようなものを置いて引っこむ。入れ替わりに三味線と唄の二人が出てくる。台に右脚を置いて立ったまま三味線を弾く。三味線を立って弾くのは初めて見る。唄の人は三味線の陰に下手を向いて立っていて、唄うときだけ三味線の脇に出る。三味線は途中なかなか派手な速弾きを披露し、拍手がわく。「だんまり」の前に演るこれを「大薩摩」と呼ぶのだそうだ。

 「だんまり」は一応の設定とストーリーはあるらしいが、主な目的は歌舞伎に登場する様々なキャラクターの紹介だろう。いわば、サンプラー、トレイラーのようなものだ。だから、舞台には多彩多様な衣裳をつけた人物が最大で12人入り乱れ、スローモーションで動きまわる。このスローモーションで舞台を動きまわるのは、かなり面白い。もっとも、見るのはなかなか大変。どこか一点に焦点を合わせると、他の人物の動きが見えなくなるし、全体を見ようとするとディテールがおろそかになる。これも見るのに訓練が要る。

 次の「吉野山」は静御前と狐忠信の舞がメインで、5月に文楽で見た「道行初音旅」の歌舞伎版。静御前は玉三郎、忠信が勘九郎。舞台下手奥に台がしつらえられて、ここに清元連中が右に三味線3人、左に謡が4人座る。さらに、途中から上手の袖の囃子を入れる造りの2階部分に竹本連中が三味線、謡二人ずつ入って、掛合をやる。別々に見ると同じようなものだが、こうして掛合で並んで聴くと、なるほど、結構違うものだ。まず姿勢が異なる。清元は身体を動かさないが、竹本は文楽の時同様、上体をかなり動かす。

 玉三郎は全盛期を知らないから、今どうなのかわからないが、まあ、悪いわけはなかろう。踊りそのものも、これは主に男性の踊りで、勘九郎の踊りは素人眼にも見事に見える。この十月の公演は十八世勘三郎の七回忌追善興行で、そのため玉三郎、仁左衛門、白鴎以下、ほとんど歌舞伎座総出演という配役で、息子たちも張り切らざるをえないところだが、ここの踊りと、次の「助六」の白酒売新兵衛の勘九郎は、夭死した親父の穴を埋めてゆくだけの器を示していたと思う。とりわけ、この踊りは6月の菊之助の踊りに優るとも劣らず。やはり踊りはいいなあ。

 ここで30分の幕間で、夕飯を食べる。いつものように食べてから買おうとしたら、鯛焼が売り切れ。最初の幕間で買うべきだったか。

 3本めの「助六」は助六が仁左衛門、傾城揚巻が七之助、助六の兄新兵衛に勘九郎。七之助の張り切り方が尋常でない。花道から出てきて、スッポンのあたりで初めてあげる声からして、力の入り方が違う。それはもう他の出演者を圧倒する声で、その後も終始テンションが変わらない。大きく笑うところで、ほとんど狂気すれすれと感じさせるのは凄い。これもまあストーリーよりも、揚巻の存在感、助六と新兵衛が股くぐりをさせるところのコメディが楽しい。二人目に股をくぐる通人を演じる彌十郎が、いわゆる内輪ネタ、勘九郎が来年のNHK大河ドラマに出ることなどをセリフにして笑わせる。こういう役をやるときの役者は活き活きしている。その彌十郎の言うとおり、勘九郎、七之助の兄弟は親父の追善をしっかり果している。

 この助六の終り近く、揚巻の母親役で出てきたのが、やけに存在感があるなと思ったら玉三郎だった。かみさんに言わせると、これから自分がやるべき役を試した、というところだが、「吉野山」の踊りよりも、さすがという感じは強い。

 大物総出ということもあるし、連休最終日もあるだろう、満席で、席は2階4列めの右端。ここは舞台は一応全部見えるが、花道がスッポンあたりからしか見えない。もっとも右端の席は前に椅子が無いので、姿勢が自由という点では一番だ。休日のせいか、若手の男性客もちらほら見えた。

 しかし、まあ歌舞伎というのは何でもありというのが、ようやく少しわかってきた。こういう奥の深さはいいもんだ。(ゆ)