昨年秋に出した新作《Storyteller》の10月のレコ発では熊谷さんが持病の腰痛の発作で急遽欠席。トリオでのライヴとなり、それはそれでこんなことでもなければ見られない貴重な体験ではあった。

 熊谷さんはその後、良い整体師と巡り会い、簡単ながら効果抜群の「体操」を教授されてすっかり回復。以前よりもずっと調子が良くなったそうな。そこでこのリベンジ、二度目のレコ発とはあいなった。先日のきゃめると同じく、tipsipuca+ 初体験のお客さんも多いが、皆さん、これでファンになったことだろう。

 冒頭、《Growing》のタイトル曲。ギター、ロウ・ホイッスル、フィドル、パーカッションによるこの曲が始まってしばらくして、自分が感動しているのに気がついた。録音でもライヴでももう何度も聴いていて、良い曲ではあるが、どこかほっとした、緊張していたのが抜けていくような感動だ。

 このほっとした感覚、どこかいるべきところに戻ってきた感覚はその後も続く。〈眠る前の話〉のような、ハーディングフェーレの曲でも変わらない。というよりもこの曲にいたって、そのよってきたるところがぼんやり見えてきた。この曲は担当楽器もあって北欧ベースと思っていたし、実際そういう狙いもあるはずだが、それがいかにも日本的なメロディであることに気がついたのである。

 次の〈長崎のモナハンさん〉で、ことはほぼ決定的になった。これは〈Miss Monahan〉に長崎の〈でんでんりゅうば〉を組み合わせている。こういう組合せはこのバンドのウリのひとつではある。

 レパートリィのほとんどは高梨さんのオリジナルだ。フォームはジグやリールやポルカといったアイリッシュのダンス・チューンのものを借りているし、メロディ・ラインや音階のような構造もアイリッシュをエミュレートしている。しかし、作曲者は日本語ネイティヴであって、曲に込められた感性、感覚はアイリッシュのものではなく、日本語のものだ。あたしも日本語ネイティヴであって、ほっとしたというのは音楽の日本語的要素に対してなのだ、きっと。これはいわばアイルランドで栽培された米とアイルランドの水で仕込まれた日本酒に近い。それを邪道として排除するか、それも面白いではないか、と愉しむか。あたしは飲んでみて旨ければよしとする。

 アイルランドのネイティヴがやったってダメなアイリッシュ・ミュージックは存在する。録音になるのはフィルターがかかるから滅多に無いが、それでも皆無ではないし、アイルランドのネイティヴが全員音楽の天才なんてことはありえない。ダメなものはダメなのだ。

 昼間の3人の音楽は、アイリッシュ・ミュージックとしておそろしく質の高い演奏であって、アイルランドのネイティヴのトップ・クラスと肩を並べる。内藤さんや城田さんがよく一緒に演っているフランキィ・ギャヴィンやパディ・キーナンのレベルだ。だからあれはあたしにとって異文化になりうる。

 tipsipuca+ の音楽はその意味では異文化ではない。日本語ネイティヴによる日本語の音楽だ。アイリッシュ・ミュージックのフォームと構造を借りた、日本語のソウル・ミュージックなのだ。あたしは演歌などよりも遙かにこの音楽に日本語のソウルを感じる、というだけのことだ。

 それが最も端的に、圧倒的な形で現れたのが、ゲストの Azumahitomi さんがご自分で詞をつけた〈とりとめのない話〉だった。正月に豆のっぽと共演したさいとうともこさんがスウェーデン語の歌詞のついた〈Josephine's Waltz〉を唄ったのにも感動したが、こちらは日本語の歌詞だけに、そしてその歌詞の内容に、さらに感動が大きい。tipsipuca+ 版のこの曲はギターとパーカッションがドライヴするアップテンポな解釈でほとんど別の曲の趣だが、歌詞がつくと、あらためて名曲度が増すのは〈Josephine's Waltz〉と同じだ。

 Azuma さんはシンセサイザーの名手でもあって、アナログ・シンセを持ち込み、次の〈鮭の神話〉に乱入する。いやあ、面白い。楽しい。ご本人も楽しかったらしく、tipsipuca+ のこの後のツアーに同行したいと言い出し、その場で決まってしまった。

 熊谷さんが入ったバンドを聴くと、やはりこちらがこのバンドの本来の姿だと思う。ダイナミクスの次元が違う。ラスト近く〈肴ジグ〉でのサイドドラムのヘリ打ちなど、熊谷さんがいることのありがたさが身に沁みる。この人はドラム・キット中心ではあるが、細かい鳴り物を入れるのも得意で、これがまた曲をふくらませる。

 それにアニーのギターがリズム・カッティングから解放されて、フィドルとメロディをユニゾンしたり、上記〈肴ジグ〉では、コード・ストロークでもフィンガーピッキングでもない、よくわからないがとても面白い音で裏メロをつけたりもする。音楽が全体として立体的に、そして内部もより緻密になる。

 それにしても Azuma さんとの組合せはすばらしい。シンガーとしての Azuma さんは力いっぱい拳を握るところと、ふわあと抜くところの出し入れが巧く、すばらしいソウル・シンガーだ。こういう人がこういうアンサンブルでこういう歌をうたうのはもっともっと聴きたい。録音でも聴きたい。

 ダブル・ヘッダーはもともと厳しいが、今回は全く対照的で、しかもどちらもとても良い音楽を堪能させてくれて、正直、へとへとになった。しかし、こうして続けて体験することで、あらためて見えたことは、あたしにとってはかなり重要なことでもある。これだからライヴ通いはやめられない。(ゆ)


Storyteller
tipsipuca ティプシプーカ
ロイシンダフプロダクション
2018-09-23



Growing グロウイング
tipsipuca ティプシプーカ
ロイシンダフプロダクション
2015-07-19