堪能した。音の良いホールで、アコースティック楽器のアンサンブルを、ほぼ生音に近く、極上の音楽を聴くことの快感を心ゆくまで味わえた。こんな体験は求道会館のヴェーセン以来だ。
こういう条件が揃ったライヴを聴くと、音楽を良い音で聴くことのありがたさが身に染みる。常日頃は録音をヘッドフォンで聴いているのだが、良い音とはどういうものかの基準を否応なく体験させてもらった。オーディオは錯覚によってファンタジィを作りだすので、おのずから生音とは違ってくる。とはいえ、そこで聞える音が良いかどうかの基準はやはり生音にあるわけで、スタジオのモニターから聞える音では無いはずだ。何かというと「スタジオ・モニター」がもてはやされるのはスピーカーがメインだった昔も、ヘッドフォン、イヤフォンが中心になった今も変わらないが、メーカーもリスナーも、皆さんもっとライヴを、生音を聴くべきだ。
ライヴの生音といってもいろいろある。電気楽器を使うかアコースティックか、フルオケとトリオ、ヴォーカルの有無、それぞれに異なる。あたしの場合、一番多いのは小編成のアコースティック楽器のヴォーカルも含めたアンサンブル。となると、今回のライヴのような形が理想になる。
O'Jizo は音楽だけでなく、ライヴそのものの組立ても堂に入ってきた。選曲と構成に非のうちどころが無い。新作からの曲が多いのは当然としても、それだけではないし、テンポの緩急、MC をはさむタイミングがすばらしい。冒頭、新作と同じ曲で始めて、あのトラックのラストの手品を期待していたら、間髪を入れずに次の曲へ移ったのには唸った。ラストはアップテンポでしめくくるのはいわばお約束だが、アンコールに〈ウィステリア〉をもってきたのはまことに粋だ。
MC はほぼ豊田さんだけだが、これまた巧いものである。アイリッシュ関係ではしゃべり過ぎないことが肝心だが、内容と分量が適切で、話の切り上げもいい。アイリッシュ・ミュージックのマニアが集まるわけではないし、O'Jizo のファンばかりとも限らないこういうオープンな場での聴衆の傾向の把握とそれへの対応がしっかりできている。経験を積んでいるということではあるが、苦労もずいぶんされたことだろう。
その音楽がまたいい。この点では先日の内藤&城田&高橋トリオから tipsipuca+ へとハシゴしたのと同じく、日曜日のジョン・カーティから O'Jizo への変化がうまく作用してくれた。かれらの音楽がニセモノとかサルマネとかいうことではむろん無い。それはまことに独創的な、このバンドにしか生みだしえないものだし、我々だけに限って通用するものではないことは、アメリカでの成功が一つの証左となる。つまり、ここではアイリッシュ・ミュージックの異質性が O'Jizo の中で醗酵することにより、あたし好みの味になっている。わが国の水でわが国で収獲した小麦でわが国で醸造したギネスがあるとすれば、それが一番近い。
メロディの捻り、ハーモニーの展開、あるいはビートのアクセントの置き方、どれもいちいちツボにはまってくる。オリジナルももちろんだが、伝統曲を組み合わせるセットの作り方にも、それは現れる。《Via Portland》からの〈Three G〉や、後半でやった新作からの〈Cameronian Highlander〉など、もう、たまりまへん。
14時開演のアフタヌーン・コンサートというので、あたしもいささかみくびっていたが、蓋を開けてみると、2時間たっぷりのフルのライヴ。いい気分で外に出ると、まだまだ日没までは間があるというのは何となく嬉しいものである。
この話をいただいた時、平日の昼間でお客さんが来るんですか、と思わず訊き返したら、平日の昼間だからこそ来られるお客さんもいますと言われた、と豊田さんが言う。確かにその通りで、老人などは陽が落ちても外をうろうろするのは嫌だという人も結構いる。シフト制の勤務で、平日が休みという若い人も少なくなかろう。今回はいなかったけれど、子ども連れではやはり夜の外出は難しい。平日の昼間のライヴはもっと増えてほしい。
ここは長津田駅前の再開発で作られた一角で、駅からはショッピングモールしか見えないので、こんな素敵なホールが陰にあるとは知らなんだ。クラシックの室内楽が多いようだが、これなら、アイリッシュやノルディック、ジャズなどにも良いだろう。(ゆ)

コメント