肝心なことを忘れてました。この「ケルト音楽」って、何だ。というのは、番組のための打合せでもまずはじめに出たことではあります。

 アイリッシュはケルトにはちがいない。エンヤがそうだという人も多いだろう。ヴァン・モリソン&チーフテンズで「ケルト」に開眼した人もたくさんいる。ジブリのアニメでもカルロス・ヌニェスやセシル・コルベルがやっている。いやいや、『ファイナルファンタジー』をはじめとするゲームの音楽だ。

 まあ、こういうものも用意してはいますが、あたしやトシさんが基本として頭に置いているのは、もっと大きく広い。結局定義としては「ケルト語が話されている地域の伝統音楽とそれをベースにした音楽」です。

 具体的な地域をあげれば、まずアイルランド、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュの4つが「大国」です。この4つの地域はヨーロッパ全体でみても、ひいては地球全体でみても「音楽大国」です。

 加えてスコットランドとイングランドの間のノーサンバーランド、ブリテン島の南西に伸びる半島のコーンウォール、アイルランドとスコットランドの間の島、マン島、スペイン北西部のガリシアとアストゥリアスなどの地域です。

 さらに、こうした地域からは17世紀以降、たくさんの人が移民しています。移民した先にはもちろん音楽も携えてゆき、根付いた先でその音楽が栄えます。まず北米、アメリカ東部のボストンやシカゴはアイリッシュ・ミュージックが盛んですし、カナダ東部、ノヴァ・スコシアのケープ・ブレトンではスコットランド音楽が独自に発展しています。さらには数は減りますが、オーストラリアやニュージーランドに渡った人びともいます。

 ところで、じゃあ、ケルト語とは何か。というのは番組の中でまず話すことになるでしょうが、予習として書いておきます。ヨーロッパの言語のほとんどはインド・ヨーロッパ語族に属することは、だいたい皆さんご存知でしょう。その中がまたいくつかのグループに分れます。たとえばフランス語、イタリア語、スペイン語などのラテン語派。ドイツ語、北欧諸国の言語、英語などのゲルマン語派。それとならぶ大きなグループがケルト語派です。

 ケルト語派はまた二つに分れます。ひとつが「島のケルト」と呼ばれることもあるアイルランド語、スコティッシュ・ゲール語、マンクス・ゲール語。もう一つがウェールズ語、ブルターニュ語、コーンウォール語などで、こちらは「大陸のケルト」と呼ばれたりもします。

 このケルト諸語がどういう経緯でこうした地域で話されているのかは大きすぎるのでひとまず脇に置きます。

 ケルト語が話されている地域、と言いましたが、その事情もまた複雑です。こうした地域は各々英語やフランス語やスペイン語といった大きな言語、つまり話者人口が多い言語のすぐお隣りで、こうした言語が日常語として浸透しています。そのためケルト語はどこでも少数言語として消滅の危機にさらされています。実際、コーンウォール語は二十世紀半ばに一度消滅しています。つまりネイティヴ・スピーカーが一人もいなくなりました。その後復興の努力がなされて、今はまた話せる人が増えているようです。

 アイルランドやスコットランドでも事情は同じで、言語消滅の危機が常に叫ばれています。ただ、前世紀末から風向きが変わってきました。たとえばアイルランドではアイルランド語は義務教育で必須とされているにもかかわらず、日常生活ではほぼまったく使われませんでした。わが国における英語と同じような位置にあったわけです。ほとんどのアイルランド人にとってアイルランド語はタテマエとしては大事なものではあるものの、ホンネではできれば触れたくないお荷物、あんまりカッコいいものではなかったのです。

 それが、20世紀も最後の十年ぐらいから、アイルランド語はカッコよくなってきました。名前も英語名をやめてアイルランド語にしたり、アイルランド語名前を子どもにつけたり、さらには若い夫婦が子どもをアイルランド語ネイティヴとして育てるためにアイルランド語が日常語として使われている地域、ゲールタハトと呼ばれる地域に引越すという現象まで起きてきました。

 そのきっかけとなったのが音楽です。アイリッシュ・ミュージック、アイルランドの伝統音楽は1980年代後半から急激に盛り上がり、今世紀初頭まで、空前の活況を呈します。そこで例えば筆頭に立ったアルタンが、アイルランド語のうたを歌うと、これがカッコいいと聞える。

 スコットランドでも同じで、一昨年来日した Joy Dunlop はスコティッシュ・ゲール語で日常会話もしていましたが、ネイティヴではない、つまりスコティッシュ・ゲール語は彼女にとって第二言語です。そしてジョイがスコティッシュ・ゲール語に興味をもち、ぺらぺらになるまでになったのは音楽が入口だそうです。

 実際、アルタンのマレードがうたうアイルランド語の歌や、ジョイがうたうスコティッシュ・ゲール語の歌は実に美しく、カッコよい。ヤン=ファンシュ・ケメナーがうたうブレトン(ブルターニュ)語の歌やカレグ・ラファルのリンダ・オゥエン=ジョーンズがうたうキムリア(ウェールズ)語の歌も、やはりいわんかたなく美しく、カッコいい。アイルランド人やブルターニュ人でなくても、これは一丁、自分でもこの言葉でうたってみたい、と一度は思います。

 英語やフランス語やドイツ語の歌もそれぞれに美しくカッコいいのはもちろんですが、ケルト諸語の言葉の美しさ、カッコよさには飛び抜けたところがあります。我々の耳には、歌うのではなく、ただしゃべっているだけでも歌をうたっているように響きます。それは我田引水の類としても、音楽は言葉とつながっているわけですから、ケルト語を話している地域に音楽が盛んというのは、やはりなんらかの密接な関連があるはずです。

 こういう地域の音楽を全部、今回紹介できるか、はちょっと難しいところもあります。ケルト語という共通点はあります。ダンス・チューンでは、どこの音楽も短かいメロディをくるくると繰り返してつなげていきます。ハープとバグパイプを使います。使う音階もだいたい同じ。一方で、各々はまたかなりに異なるところもあります。「島のケルト」と「大陸のケルト」の言葉の違いは音楽の違いでもあります。そういうものをあれもこれも一度にどばっと聞かされると、ちょっと待ってくれと言いたくなるでしょう。あたしなども何年もかけて少しずつ聴いてきてます。昔はネットなどはむろんありませんから、情報も手に入る音源も少ない。少しずつしか聴けなかった。それが幸いしたところはあります。

 それでも、まあ、こんなのもありますよ、と1、2曲でも紹介できればいいなとは思っています。中にはそこに引っかかる人もいるでしょう。スコットランドにはちょっと引くけれど、ブルターニュはカッコいいと感じることもありえる。なにせ、8時間以上あって、他の「三昧」のプレイ・リストを見ると、80から100曲近くかけています。アイリッシュばかり80曲かける、そりゃ、やれと言われれば100曲ぐらいは軽くかけられますが、それを喜ぶ人はやっぱり少ないでしょう。どこかでそういうイベントをやってみたい気もしますが、ラジオではないでしょうね。ですから、やはりなるべくいろいろな地域、いろいろな形のものを紹介することはできるんじゃないか、と期待してます。

 ということで、そういうリクエストをいただけると仕事がやりやすくなって、ありがたいです。この地域のお薦めを聞きたいとか、漠然としたものでもたぶんいいんじゃないでしょうか。

 ちょうど今朝、ウェールズの 9Bach のニュースレターが来ました。ウェールズでも今一番トンガった音楽をやっているバンドです。



 やはり今朝、スコットランドのハーパー Rachel Newton からのニュースレターも来てました。ソロの他、女性ばかりのバンド The Shee のメンバーでもあり、イングランドのミュージシャンたちとのジョイント・プロジェクト The Furrow Collective の一員でもあり、さらに単発やシリーズのライヴや演劇にも参加していて、多忙なんてもんじゃないようでもあります。


 このあたりはぜひ紹介したいところです。(ゆ)