MCもなくいきなり始まった1曲目、1周目が終る頃には、とんでもないものが始まったという感覚が沸々と湧いてきた。
7枚目、バンド結成10周年の節目の新作《キネン》のレコ発。昨日はそこに収録された曲を全部披露した。当然、新曲ばかりであるわけだが、アルバムでも冒頭の〈Lorient〉がまず凄い。
編成が並みでない。マリンバ、チェロ、ドラムス、それにフィドルが加わる。サウンドとしてはまずマリンバ。
マリンバはいわゆる木琴だが、これで奏でられるダンス・チューンが実に新鮮なのだ。ダルシマーはアメリカでは普通だし、わが国でも小松崎さんがいるけれど、マリンバでケルト系ダンス・チューンが演奏されるのを聴くのは初めてかもしれない。こういう柔かい音はケルト系の楽器ではあまり無い。フルートやロウ・ホイッスルも、ソフトに見えて、実はかなりシャープな音だ。マリンバの音の柔かさは格別だ。どこか別の空間で鳴っているようでもある。これが加わると、空間が埋まる。それまで穿いていたとはわからなかった穴が埋まる感じだ。単に密度が高くなるというよりも、カラフルになる。それも多彩な色が常に変化してゆく。
マリンバ担当はぷうぷうという笛や、カスタネット、あるいはヌンチャクにも似て紐の先の玉が掌に握った玉に当たって音が出るものなど、かなり多彩な各種パーカッションも操って、さらに全体のサウンドがカラフルになる。加えてコーラス、そして1曲《うたう日々》からの曲ではリード・ヴォーカルもとる。現代風な、常世離れした発声で、シンガーとしてもかなり良い。
チェロは中藤さんの旧友で、これまでも「ゲンまつり」で聞いていた巌さん。ケルト系でチェロは世界的にもまだまだ少ないが、これからかなり面白くなるだろうと期待している。その期待の星の一人だ。チェロが入ると低域が締まるのだが、ベースとは違って、チェロもやはり柔かい。低域が膨らみながら締まる。これがあたしなどにはたまらない快感なのだ。もちろん音が細かく動くダンス・チューンもこなして、tricolor やジョンジョンフェスティバルなどのトリオにチェロが入ったカルテットももっと聴きたくなる。
ドラムスはハモニカクリームズでおなじみの田中祐司さん。あちらではパワーハウス・ドラミングで猛烈にプッシュするが、ここではこまやかな叩き方で、むしろアクセント的に動く。と思うと、ここぞというところでバーンと底上げする。あらためてすばらしいドラマーではある。かれは鍵盤も巧く、後半冒頭で1曲、ピアノも披露する。
フィドルは沼下さん。おそらくこうした編成でフィドルの厚みを増すためではあるだろうが、中藤さんとの呼吸もぴたりと合って、複数フィドルのユニゾンの快感を堪能する。
今回は3人それぞれが今一番やりたいことをやりました、と言うことだが、その点での驚きはまず長尾さんの歌。ここ半年、急に唄いたくなったのでヘタも顧ず、録音してしまい、人前でも唄ってしまった、という。当然まだヘタではあるが、唄いたいという気持ちはかえって直接に伝わってくる。お仕事でやる音楽を否定するつもりはないが、やはりその人がやりたいと心底感じている音楽がそのままストレートに伝わるものこそ最高だと思う。唄は唄いつづけていればうまくなるものだ。唄では一日の長がある中村さんだって、最初の頃はヘタだった。
中村さんの〈夢のつづき〉はやはり名曲だと昨日も思ったが、それよりも驚いたのは後半のヒップホップだ。プロパーのヒップホップはどうにも聴く気になれないのだが、これはいい。これは音楽の一部として機能している。聴いて楽しい。
このヒップホップに象徴的に現れていたが、ライヴ全体が新しいことをやろうという実験精神の噴出なのだ。思えばこうした動きは《うたう日々》から表に顕われていて、前作《BIGBAND》で爆発したのだが、それがまた形を変え、よりラディカルになって走りだしたけしきだ。
やりたいことができるというのは、簡単なことではない。それには実力や運だけでなく、蓄積が必要だ。10年という時間と経験の積み重ねの上に初めて可能になったことは、長尾さんも言っていた。それがここに凄みとなって出ている。そう、すばらしいとか、いいライヴというよりも、最初から最後まで、凄いとしか言いようのないものが漲っていた。
このバンドもそもそもの初めはこの3人でやりたいというところから出発しているはずだ。初期の頃はしかし意欲よりも、3人がごく自然に集まり、ごく自然に生まれるものをごく自然にやっている気配が濃厚だった。組合せは O'Jizo の豊田さんが中藤さんに入れ換わっただけだが、トリオの性格、めざす所はほとんど対照的だ。O'Jizo はより先鋭的に、演奏と楽曲の質をとことん突き詰めようとする。tricolor はそうした意識的な部分がごく小さい、と見えていた。
たぶん、今でも意識的に何かをめざしているのではおそらく無い。やりたいことをやるのも、そうすることが今一番自然に感じられるからなのだろう。少なくとも、昨夜の演奏からはそういう感覚が伝わってきた。
この10年は、わが国のケルト系音楽がほとんど無から現れ、シーンが確立されてきた時期だ。10年前、tricolor、ジョンジョンフェスティバル、O'Jizo、ハモニカクリームズといったバンドがほぼ時を同じくして出現した。それ以前から活躍していた人びとも雑え、またソロでやる人たちもいて、今やあたしなどには天国の日々だ。その中で tricolor は当初むしろ周縁でささやかにやっていたのが、いつの間にかシーンのど真ん中で、新機軸を次々に打出し、全体を引っ張る存在になっている。それも、あたしたち頑張ってます、などというところはカケラも無いままに。
昨日も、途中で、今日初めて tricolor のライヴを見る方と中藤さんが誘うと、3分の1ほどの手が挙がった。
10年を記念して新譜を出す一方で、10年前に出したデビュー・アルバム《Vol. 1》も再発している。そう、これを機にあらためて最初から聴き直してみたくもなる。10年で7枚というのは、立派なものだ。こういうところも、このバンドが舞台の真ん中にいることに通じる。録音を出していればいいというものではもちろんないけれど、繰り返し聴ける録音は頼りになるのだ。この上はぜひ10周年記念ライヴのライヴ盤を出してもらいたいと願う。
前週末からの疲労が尾を引いているところもあったのだが、凄い音楽にずいぶんと元気をもらう。これで当分、やっていけそうだ。(ゆ)

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